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[ 第295回 ビジョン2030とデモクラシーの夢を見た ]
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最近この国の要人ふたりがふたつの重要発言を行った。ひとつはブディオノ経済統括相がガジャマダ大学大教授の推挙を受諾したときのスピーチに盛られたもので、もうひとつはインドネシアフォーラム財団によるインドネシアビジョン2030と題する書物の出版記念会でのものだ。SBY大統領はその記念会における祝辞の中で、「夢」という言葉を使った。国家元首はこう語った。「われわれは夢を見ることを恥ずかしく思う必要はない」。 ビジョンに関するその本を読んだあと、わたしは眠りの中で夢を見た。わたしはひとり当たり国民所得が2万米ドルという夢の王国に住んでいる。その王国はそんな国民所得のゆえに安定したデモクラシーの中にある。長期にわたってさまざまなレベルで国家経営に関わってきたその新大教授の言うところでは、ひとり当たり国民所得があるレベルを超えればその国のデモクラシーは安定するそうだ。わたしの夢の王国ではそれがもう2万米ドルに達しており、大教授の示唆した数値をはるかに上回っている。 わたしの夢の王国は絶対王権国家であり、王とその一族はみんな何でも好きなことが行える絶対的権力を持っている。だから王は2兆米ドルにのぼる国民総所得のうちの1.5兆ドルを1百人で構成されているかれの大家族に分け与える。残る5千億ドルは全国民からその1百人を差し引いた99,999,900人の間で分配される。王家の成員である1百人の平均所得は年間150億ドルであり、一方99,999,900人の一般庶民はひとり当たり5千ドルの年間所得となる。 ブディオノのスピーチには同じ内容の四つの文章が登場した。「所得は行き渡り、大半の国民に享受される。」つまりかれがブロードベースと呼んだものだ。そのロジックはだいたいこんなことなのだろう。もしひとりひとりの所得が高ければ精神は知的で成熟しているから、そのためにデモクラシーを実践でき、また責任を持って自由を享受することができるのだ、と。デモクラシーが確保されるためにはひとり当たり所得の分配が高額且つ均等でなければならない、というのが大教授の説く理由だ。 わたしの夢の王国ではひとり当たり国民所得が2万米ドルと大きいものの、全国民が均等にそれを享受しているわけではない。王族階級は年間150億ドルの所得をエンジョイしているが、国民マジョリティは5千ドルしかないのだ。
絶対王権 わたしの夢の王国にデモクラシーがないのはそのためだ。あるのは絶対王権。わたしはデモクラシーを望むので、わたしも同じことを言う。わたしの夢の王国の首相はブンカルノにそっくりだった。首相は尋ねた。「ブロードベースとあなたが称しているものを得るにはどうしたらよいのか?」わたしが返答を考えていると、首相は靴を脱ぎ更に靴下をも脱いで、そして自分の足の親指を指し示しながらこう言った。「Dat weet mijn grote teen ook!」つまり「それだけの話なら、わたしの足の親指でさえ知っているさ。」 ブディオノのスピーチからあまり日数を置かず、インドネシア共和国大統領宮殿にインドネシアフォーラム財団所属の少数の民族エリートが集まった。その財団は国内有数の大学や調査機関に指令を発した。2030年にインドネシア民族は世界で五指に入る経済大国のひとつになるのだ、と。いまこの国の国民は、失業、貧困、そしてもっと根本的な食糧欠乏や医療サービス不足などのさ中にあるのだ。みんなは尋ねた。「そこへ至る道程はどうなっているのか?」すると大統領は言った。「夢を見るのを恥ずかしく思ってはならない。」 その夜、わたしはまた夢を見た。目覚めてからわたしは夢の続きを夢想した。ひとり当たり年間所得が1万8千米ドルもある金持ちになったらどれほど心地よいことだろう。微笑みながら、楽しいことをあれもしよう、これもしよう・・・・。残念なことに、2030年にわたしはきっともうこの世にいない。著名な経済学者ジョン・メイナード・ケインズの言葉が脳裏をよぎり、わたしは苦笑いを浮かべる。「in the long run we are all dead.」 わたしは大統領宮殿で配られたインドネシアビジョン2030という書物を入手した。この本に登場してくる名前のほとんどは有名人だ。
バークレーマフィア しかしインドネシアビジョン2030を分析するにあたっての注釈は少なくない。まず、かれらはビジョンを持った人間ではないということ。かれらの一部は商人であり、ほかは思想的に貧しいテクノクラートとして履歴の大半を歩んできた大学卒業者たちだ。かれらの仕事はプラグマチックであり、そしてテクノクラート的なのである。元文化教育大臣のダウド・ユスフ級大物はいない。 次に、かれらは単一流派の出身者だ。インドネシアでバークレーマフィアが先鞭をつけそしてそれを支えてきた、可能な限り深く且つ絶対的なリベラリズム。ドイツ人がFach Idioten と呼んだ一派がその中にたくさん混じっている。要するに、かれらは天然資源を優位に置く。今われわれの天然資源は80%以上が外国の会社によって経営されている。石油ガスの92%は外国の会社によって開発され、生産分与公式に従えばかれらの権利は15%だというのに生産の40%がかれらの手に渡されている。リカバリーコストという名称で呼ばれている規定の遂行が先になされなければならない決まりであるとはいえ、依然として40%のままだ。 どうやって変えたら良いのか?「所有権がだれにあるという問題は重要なことではないのだ。もっとも重要なのは効用なのである。」経済学者のひとりが言うそんな言葉を盲信する必要はない。だったら、インドネシア国民はいまだに60%の効用しか得ていないということではないか。それを正すにはどうするのか? 天然資源経営はまったく不透明だ。非石油ガス天然資源の政府会計収入は5億米ドルでしかないが、フリーポートはインドネシア政府への支払が年間10億米ドルあると主張している。フリーポートからインドネシア国民への年間10億米ドルがフェアだから、そのために所有権は重要でないとでも言うのだろうか? 2030年のビジョンとミッションを実現するための「効果的ビューロクラシーに支えられた開放市場のバランス」と述べられているが、開放市場のバランスとは何を意味しているのか?開放市場は適者生存という状況を創り出す。そこで何のバランスを取り、どのようにそれを実現すると言うのか?「周辺域内やグローバルとの間で統合される経済」というのはどうだろう。国際社会との交わりの中でインドネシア民族が他民族のためのクーリーとなり、あるいはクーリー機能を担うという形での統合はありえないことなのだろうか?今現在が既にそうなっているのではないか?またまた、それをどうやって回復させるというのか?インドネシア民族が現在落ち込んでいるきわめて激しいコルプシ行為は主要阻害要因の中にひと言も触れられていない。 いや、もうこれ以上続けなくともよいだろう。インドネシアフォーラム財団が望んでいるのは夢なのだから。その書物の中には「夢」という言葉も登場しているが、わたしは「夢を見る」つまり自慰行為などよりもっと具体的なものを選ぶ。なぜならそのほうが心地よいし、実感できるのだから。 われわれ自身は「in the long run we are all dead」なのだから、われわれの子や孫のために2030年までのビジョンを描こうと大統領が望むなら、その半数が学者で哲学博士まで含んでいる8百人の職員を擁する国家開発企画庁を起用してはどうだろう。その中には世界でトップレベルの大学で学んだ哲学博士が75人もいる。国家開発企画庁の学者たちは2030年までのビジョンを分析する作業を昔から行っている。開発企画庁の学者たちが作り上げた研究はたくさんあるが、笑いものにされることを怖れて公表する勇気を欠いている。かれら学者たちの間に、2030年までのビジョン作成は本当に可能なのかどうか、そして何の役にたつのか、という疑問の声もある。それどころか、開発企画庁はthink tank になりたいと望んでいるのに2030年まで夢を見ようなどと考えたら、そのときにはsinking tank になっているかもしれない、と語る職員さえいる。 そんな議論のために国家開発企画庁の諸作品は、インドネシアフォーラム財団よりはるかに素晴らしいものであるにもかかわらずいまだに公表されていない。人間とはそのようなものだ。中味が詰まってくればくるほど、熟した稲穂のように身を低くする。いつも大音声で響き渡る空樽とは違っている。
ソース : 2007年4月2日付けビジネスインドネシア紙 ライター: Kwik Kian Gie 元国家開発企画庁長官
2007/04/20(Fri)
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[ 第294回 ブンカルノは弟子を求める ]
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かれは神に願った。「われに十人の若者を与えたまえ。世界を震撼させて見せよう。」かれの精神はそのようなものだった。ところが今日に至るもいまだ、一人の若者の姿さえ目にすることができない。 ブンカルノはバンチュイの監獄に入れられ、スカミスキンに移され、エンデに渡り、ブンクルへそしてブラスタギにまで流された。他の者ならきっと悲嘆に暮れただろうが、ブンカルノは深く沈潜した。国際社会に今でも認められているかれの壮大な思想のすみずみにまで、その沈潜した精神が行き渡っている。そんな容貌を理解しなければ、かれが演説の中に燃え上がらせた火と情熱を捉えるのは難しい。最後の牢獄となったヤソー宮殿で1966年から1970年までの間、かれは苦痛にさいなまれた。かれはそこで何を作り出すこともなく世を去った。しかし、「何を作り出すこともなく」とは本当なのか?スカルノの弟子にはきっとその答えを示すことができるにちがいない。ヤソー宮殿からもかれは依然として何かを作り出し続けたのだ。それは何だったのだろうか?ブンカルノの弟子たるそれら十人の若者たちの切磋琢磨の中からその答えが出されなければならない。ブンカルノの弟子たちは必ずわれわれの間にいる。 ブンカルノは他の建国者たちの意見をパンチャシラの中に取りまとめることのできる人間だった。敵のほかにかれを認知する四つの社会集団があった。かれに憧れを抱くひとびと、かれに惚れたひとびと、追従者、そして弟子だ。それら四つの社会集団はどんな特徴を持っているだろうか?憧れを抱くひとびとはたくさんいる。かれらは様々な側面からブンカルノを賛嘆する。声、服装、男らしさ、多くの外国語をマスターし、さまざまな学問に造詣が深く、インドネシアの独立達成を阻むあらゆる障害を打破する勇気、科学的クリエーション、驚嘆させるほど自信に満ち溢れた姿。お気に入り人物に憧れる女性のまなざしをもって、かれらは感傷を持つことなくブンカルノを賛嘆する。 ブンカルノに惚れたひとびとも数多い。かれらは感情移入する。ブンカルノが表出させたものを得意になって真似る。演説のスタイルや文章、等々。このぞっこん組がブンカルノに忠実であるとはかぎらない。「合理的」な理由からかれらはあっさりとブンカルノの思想に背を向ける。社会政治分野のリーダーレベルにそんなひとびとがいる。かれらは戦術的変身だと言うが、それが元に戻ることはない。 ブンカルノの追従者は国民の半分以上ではあるまいか。かれらの特徴は心情的忠誠であり、ブンカルノと生死を共にするというのがそのシンボルだ。わたしがトランスミグラシ地区を頻繁に訪れてトランスミグラントになった1974年から1990年までの間、わたしが立ち寄ったほとんどすべてのトランスミグラシ家庭で奇妙な光景を目にした。客間の壁には必ずスハルトと副大統領の写真が掲げられていたが、食事に誘われて奥の間に入ると客間の壁にあったよりも大きいブンカルノの写真がそこの壁に掲げられているのに驚かされた。どのトランスミグラシ家庭をランダムに訪問してもたいてい同じようなありさまだった。いまやかれらは追従すべき人物を失ってしまった。お手本となり統率者となる人間はもういないのだ。しかしかれらはその復活を忠実に待ち続けている。かれら追従者の運命に同情を禁じえない。 ブンカルノの弟子たるべき可能性を持つ国民は何人かいるが、それら少数者の大半はキャラクターを失い、精神よりも肉体を優先させる「開発メインストリーム」に流されてしまった。権力志向を優先することはスカルノが憎んだことだ。かれはスリピの監獄に幽閉されることを拒まなかったではないか。 十人の若者に対してブンカルノが求めた弟子としての特徴は、ブンカルノの言葉の奥に燃えるかれの全キャラクター的な火を理性的に理解することだった。すべてのドクトリンを国民利益のために明白に展開できること。時間空間がどんな状況であろうとその展開を応用できること。精神的には、ブンカルノの思想実現を邪魔するあらゆるものに対して挑戦する勇気を持つことだ。継続性を持ち、因果法則を受け入れて。ブンカルノの弟子はコンセプチュアルな青年であり、合理思考と感情を同期させることができる人間なのだ。数百万人にのぼるブンカルノに憧れるひとびと、ぞっこん組みそして追従者たちがそんなキャラクターを持つブンカルノの弟子を待っている。 ブンカルノの敵さえ含めた数百万の国民は、金を崇拝する猪突猛進的権力行動によって没落している。われわれの敵は言うまでもなくキャピタリストだ。しかし社会自体がキャピタリスティックでなければ、キャピタリストがキャピタリズムを成育させることはできない。快楽主義社会がキャピタリストを引き寄せ、キャピタリズムを繁茂させる。 本当は、ブンカルノの弟子を求めているのは数百万のインドネシア人だけではないのだ。世界の何十億というひとびとがそれを待っている。2002年にフランスのリールで開かれたワールドアセンブリーフォーラムの決議にそれを窺うことができる。「世界の5分の4住民は、いま世界を動かしているシステムの中では永久に貧困のままである」とかれらは訴えている。ワールドソーシャルフォーラムやグリーンピースなど、今ある世界のシステムに不満を抱く団体は多い。かれらもきっと、スカルノの火を理解する弟子の出現を待っているにちがいない。インドネシアからのThe World A New なる文明構築のために。
ソース : 2006年8月18日付けコンパス紙 ライター: Roch Basoeki Mangoenpoerojo 社会問題オブザーバー
2007/04/13(Fri)
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[ 第293回 デモクラシーそれともアナーキー ]
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スハルト大統領統率下のオルバ時代が終焉したことでさまざまな根本的変化がもたらされた。いきなり、しかも徹底的に進行した民主化プロセスは国家生活国民生活のもっとも基本的な節々を襲った。つまり1945年憲法は4回も改定されたのである。先頭を切ったのはその凄まじさで負けずとも劣らないものだった。自由に酔い痴れもっと貪欲になっている国会議員の支持を得てBJハビビ大統領は独自のデモクラシーを行った。たとえて言えば、オルバ期の国民は厚さ10センチの何枚もの鉄板に抑圧されていた数千万の強力なバネだったとしよう。秩序だった整然たる自由を与えるために鉄板を一枚だけ取り除けば、すべてのバネつまり全国民の自由は10センチ分のスペースが向上する。その自由が責任を持って享受されているかどうかをわれわれは監視することができる。もしすべてが秩序立って進行しているなら、鉄板をもう一枚取り除く。そのようにして、妥当な自由空間が実現するところまで鉄板の除去を続ければよい。ところがBJハビビ内閣と国会はそのようにしなかった。全部の鉄板を一度に取り除いたのだ。何百万ものバネは方向も定めずに飛び跳ねた。生まれたのはデモクラシーでなく、アナーキーとカオスだった。それは大勢のひとたちが感じている。
自己宣伝 根本的なもうひとつの変化は直接選挙だ。大統領から県令までが国民に直接選ばれる。だから県令も市長も、州知事と同一の合法性を持っている。それどころかかれらは住民が自分を選んだことで強力なパワーを得たと感じている。だから行政上の自分の上位者の言うことを軽視し、服従しようとしない傾向を持っている。われわれの自由がデモクラシーにならずにアナーキーになっているのはそのためだ。財政面で地方自治がその状況に輪をかけたため、国家予算は適正な企画能力の伴われていない政策の中に散り散りばらばらに使われ、その監視にさえ大混乱を生じた。 直接選挙は、いまだかつて見たこともないような見ものをわれわれに提供した。本質的に控えめなインドネシア人が高慢な姿勢を擬装し、対抗馬より自分がどれほど素晴らしいかという自己宣伝を本質とするキャンペーンを行わなければならなくなった。自分のものすごさを示して自己宣伝するための費用は小さくない。全財産が使われるがそれだけでは足りないので借金までする。だからもし当選すれば借金の返済が優先されることになる。権力を悪用せず、あるいは資金提供者に対して権力を抵当に入れないで、借金返済のために可能な限りたくさんの金をいったいどのようにして得ることができるだろうか?
スカルノ〜スハルト スカルノとスハルトはどうだっただろう。かれらはそんな風ではなかった。ブンカルノと友人たちは自分自身のことなど少しも考えないで国民を外国人支配と奴隷扱いから解放した。かれは自分が国民を統率するのがどれほどものすごいことかを言葉で宣伝することなしにそれを行った。かれは直接国民を統率したので、ブンカルノは大統領になる前から圧倒的に比類なきリーダーとして知られていた。知識、ビジョン、思考概念、そしてこの民族のために身命を賭す勇気などを明白に持っている点でかれに比肩する人間はいなかった。 パハルトも同じだ。G30Sのあとで大統領のブンカルノが失脚したことをわれわれは記憶している。当時わが民族は暴動、騒乱、紛糾、アナーキー、ジェノサイド、カオスに見舞われた。そのとき、その混乱を収拾するために全身全霊をなげうった一群のリーダーがいた。多くの名前が知られているが、中でも目立ったのはナスティオン将軍、スハルト将軍、スルタン・ハムンクブウォノ9世、アダム・マリクなどだ。第二代大統領としてポストスカルノ時代のインドネシア民族を率いるのはAHナスティオン将軍だと世界中が思った。ところがナスティオン将軍は大統領の座を辞退し、パハルトに大統領の座を推薦した。こうしてパハルトが、最終的に国民協議会がそれを確定させたのは別として、総選挙なしにインドネシア共和国第二代大統領に就任した。パハルトは自己宣伝を一度も行わなかったし、ましてや民族を統率するのにいちばん有能な人間だという売り込みもなされなかった。パハルトはナスティオンがブンカルノを後継して大統領になることを確信しつつ治安と秩序の回復にあたっていたのだ。当時、リーダーたちは争奪戦を演じるどころか、競って大統領にならないように努めたのである。
違い 2004年以来、状況は変わった。大統領候補者は、それまできわめて擬装っぽいと見られていた方法で、競って自分が大統領になろうと努めるようになった。業績がまだないためにイメージ作りが選挙戦の戦略となった。どうしてそれほどまでに大統領・州知事・市長・県令・国会議員になりたいとシャカリキになるのかと尋ねれば身命を民族に捧げ国民に奉仕したいためだという答えが返ってくるが、それは本当なのだろうか? インドネシア特有の文化や価値観に基づく十分練り上げられた方法が捨て去られ、突然アメリカで行われているような国家生活国民生活のやりかたが当たり前になった。こんなことがまだ続けられるのだろうか?
ソース : 2006年10月31日付けコンパス紙 ライター: Kwik Kian Gie シニア経済学者
2007/03/12(Mon)
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[ 「第292回 インドネシアが貧困だって?!」 ]
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貧困は反論しようのない事実のように見える。インドネシアは世界で貧困国民がもっとも多い国のひとつとして名を馳せており、中央統計庁版では3,905万人、世銀版では1億人を超える。貧困規準を基本的権利充足の不成功で計ったり、一日の収入が1〜2米ドル未満というものさしで見た場合、それらを否定することはできない。災害処理のお粗末さ、相次ぐ伝染病の拡大、飢餓の発生などがその灰色の画像に彩りを添えている。赤道に散りばめられたエメラルド、ミルクの海といった名声はどうなってしまったのか。肥沃な土地と天然資源に満ち溢れたこの国が貧困の悲劇を培養する苗床にいったいどうしてなりえたのだろうか?
パラドックス 逆のロジックを使ってみよう。これまで貧困問題の診断は、わが国の目に見える民族の富と富裕者を決定要素として無視する傾向にあった。絡みつく貧困の只中に、世界的に超リッチなひとびとがいる。2006年9月18日付けアジア版フォーブズ誌はインドネシアの超リッチ40人を取り上げた。222.7億ドルというかれらの総資産は2百兆ルピアを超えるものだが、残念なことにその超リッチたちの間にインドネシア銀行流動資金援助ローンの金を掠め取った国庫破りを含む旧人類が混じっている。 昨年メリルリンチとキャップジェミニが公表したサーベイ結果も負けず劣らず衝撃的だった。その両国際金融サービス会社によれば、シンガポールのミリオネアの三分の一はインドネシア国籍者だそうだ。シンガポールのリッチ5万5千人が持つ2千6百億米ドルという総資産の三分の一は、シンガポールの永住許可を持つインドネシア国籍者の所有なのである。その5万5千人中1万8千人は870億米ドル(およそ8百兆ルピア)を抱えてシンガポールに住んでいるインドネシア国籍者だ。しかもかれらが更に別の国で保管したり投資したりしている金額はその中に含まれていない。わが国の2007年度政府予算案は713.4兆ルピアでしかないというのに。 植民地時代、民衆の血と汗とそしてわが国の豊かな資源はオランダに搾り尽くされた。いま、インドネシアの豊かさはよその国でバックボーンにされている。シンガポールがインドネシアと中国のブラックマネーに依存している国であるのはもはや公然の秘密なのだ。シンガポールに住んでいる大金持ちたちがインドネシアで会社を持ち、インドネシア市場で事業活動を行っているのは皮肉としか言いようがない。かれらはシンガポールに住んでいながらインドネシアの富に照準をあわせ、そこから利益を求めることを続けている。
外資でいっぱい では、国民が享受できる民族の富はどれほどあるのだろうか?グローバリゼーションによって資本は民族や国家の境界を超えて自由に移動するようになった。インドネシアは重要資源を支配しようと努める外資にとって天国だったのである。外資はインドネシアを安く潤沢な原材料の供給国であり、同時にその巨大な人口を潜在的なマーケットであると見た。われわれ自身も外国資本が入ってくることをフレッシュマネーの注入と見る誤った傾向を持っている。ところが外資の流入は、本当は吸血寄生者だったのだ。かれらはわが国で糧を稼ぎながら資金を培養しているのだ。 あふれんばかりのインドネシアの天然資源がかれらのターゲットだ。フリーポート、エクソンモービル、ニューモント、インコなどのビッグネームが黄金・ニッケル・ガス・原油などまだ埋もれている天然資源ソースを支配しているのはずっと昔からのこと。AQUAのラベルが貼られた飲料水は国内の天然泉で汲まれて国内でビン詰めされているというのに、われわれは安くない価格でそれをダノンから買わなければならない。得をしているのは投資した者だ。金融セクター、中でも銀行界ですら外資の侵入から免れてはいない。BCA銀行、ニアガ銀行、ダナモン銀行、BII銀行、リッポ銀行、ブミプトラ銀行、NISP、プルマタ銀行などの第一級銀行は言うに及ばず、中小銀行でさえ外資が目を向けている。民間銀行が外資を引き込む傾向は最近ますます強まっている。そして外資に握られた多くの銀行は中銀債に投資して大きな利益を上げているが、かれらが得た金利は国庫から流れ出たものだ。国民の富から集めた数兆ルピアの利益は投資者の金庫へと流れ去っていく。銀行界で横溢する外資は、外資シェアを99%まで認めた規則と無縁ではない。インドネシアの銀行界における外資シェアの制限はいかなる国よりもはるかにリベラルだ。資本主義の首魁であるアメリカ合衆国でさえ、外資は30%までと規制されている。フィリピンは51%、タイとインドは49%、マレーシア・中国・ベトナムは30%でしかない。 他の重要なセクターも外資の襲来を免れてはいられない。通信産業はゆっくりと、しかし確実に外資に握られてしまうだろう。小売セクターやその他のセクターも外国から継続的に揺さぶられており、国内業界はあわてふためいている。外資がなびかせている大きな旗がわが国民事業者たちのビジネス領域を蝕んでいる。なんという皮肉だろうか。わが国の富が外国人の生活を支えている一方で、自国民は疎外を味わっているのだ。 巨大なインドネシアの人口は実際には豊かな労働力を形成するものである。中国とインドは自国民を生産的労働力とすることで巨大エコノミーに成長した。わが国も、法執行、雇用創出、国民重視の社会格差排除や社会公正の再配分などを伴った綿密で的確な経営がなされるなら貧困国になるはずがない。反対にいまは眠れる巨人たるインドネシアが目覚めたとき、世界を震撼させることになるだろう。
ソース : 2007年1月10日付けコンパス紙 ライター: Imam Cahyono 研究者、ジャカルタ在住
2007/03/04(Sun)
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[ 第291回 国と国民の貧困化 ]
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統一インドネシア共和国が生まれたとき、権力行政と構造拡張の発展を従えた法規と価値体系の間に不一致が起こった。暫定的でシンプルな1945年憲法は変化、移行そして多次元的民族コンフリクトの錯綜といったダイナミズムに応えきれないものだった。その結果、さまざまなフェーズにおける民族問題解決は権力者と権力にとっての利益を支えるものとなり、民衆の役割は疎外が一層深まった。あらゆる問題を権力行政の利益に結びつける傾向は行政腐敗を継続させる内部抗争を生んだ。その結果、多くの理想主義的高官や公務員はフラストレーションに陥り、権力や地位を富獲得のための容易な手段と位置付けるプラグマチックなステップにかれらは追随した。国家行政は腐敗した高級官僚によって貧困化され、自ずから貧困な国家は国民を貧困化させた。 継続するコルプシは国と国民を貧困化させる政治家・官僚・実業家・軍人の共同謀議勢力を作り出し、それとは別に共同謀議勢力は強力な社会的紐帯を持ったがために、構成員の一部がコルプシ犯罪で法的追及を受ければかれらが存続させてきた草の根社会に動揺を招いて破壊的な社会コンフリクトが出現する危惧が懸念され、こうしてにコルプシ糾明はますます複雑に錯綜する様相を呈している。
権力魔術 国家の中にある権力魔術主義は宗教信仰といまだに変化しない封建的政治文化の伝統によって合法化される。この文脈において層状社会は国家元首を権力ヒエラルキーのトップに置き、国民はヒエラルキーの最下層に置かれる。その中間には、王の使用人、官僚、兵隊指揮官、オポチュニストなど上にへつらい下を踏みつけにする社会階層がいる。 権力魔術主義は権力者の一身に、権力を魔術的に集中させてきた。権力が上位に上がれば上がるほど、天上に存在する権力を反映する魔術パワーも強くなる。王国のシステムは権力魔術主義的傾向と相関しており、実態は腐敗をますます複雑にさせ、権力者に貢ぎ物を差し出す文化の強まりにあわせて国民生活は悲惨の度を増す。権力者への貢納なしには、国民に与えられるべき保護もサービスも期待することはできない。 権力魔術主義は、リベラルデモクラシー時代から議会デモクラシー時代(1945〜1959)、指導されるデモクラシー時代(1959〜1965)、パンチャシラデモクラシー時代(1965〜1997)、そして1997年以降のレフォルマシ時代を通して統一インドネシア共和国政府がさまざまな形で試みてきたデモクラシーシステムの順調な発展を妨げた。デモクラシーは権力を国民の手に委ねるが、実際問題として国民は相変わらず何の力も持つことがなかった。過去から現在まで生活も相変わらず悲惨であり、国と国民はますます貧しくそして無力だ。
パラダイム的変化 システマチックに進行する国の貧困化の中で高官職に就く者はだれでも国と国民に対する恒久的な貧困化に包まれてその中におちこみ、民族の知的能力は使い果たされる。プラグマティズムは陸地・森林・海底の富を外国勢力への抵当にし、国と国民を貧困化させた。国と国民生活が一層貧困化する状況の中で、国の統一性と民族の一体性に対する脅威はますます歴然となり、とても広大な国土の統一を維持するためには膨大な費用が必要であるがためにその維持は困難さを増している。一方各地方が持っている富は、パプア、マルク、マカッサル、リアウ、バリなどから聞こえてくるように、地元権力が自治や分離を目指すよう煽り続けている。 それゆえに、大統領はこの国をビジョンの創造を図って導くことができなければならず、よりよい将来の希望を与える新しいパラダイムのブレークスルーを求めてより質素で正直でオープンな生活のための強力な手本を示し、これまでの統率パターンを根本的に変えなければならない。ハードワークだけでは不十分だ。正副大統領や大臣たちが一生懸命働いているにもかかわらず、われわれの状況が少しも改善されていないように感じられるのはそのせいだ。それとは別に、われわれの行政機構はもう錆び付いており、いっそう早まっている変化に対する洞察が常に遅れ遅れになっている。その結果、ある問題がまだ解決しきれていないときにもっと複雑な問題が新たに出現してくる。 変則的状況が進行して国の弱点となり、キーポジションにいる社会集団がしばしば無法的傾向を持って調和のない状況を生むといった統率不能な抑圧力を現出させている。諸地方で発生した暴力コンフリクトのさまざまなケースは多くのフェーズにおいて複合的な民族生活に対するわれわれの尊重心を弱め、異集団を迷妄で誤った抑圧してかまわない集団と断罪させる方向に仕向けている。 過去に戻ることは不可能であり、変則的国民生活は国民統率の根本的なパラダイム変化を必要としている。もしわれわれが失敗すれば、国と国民の貧困化は統一国家を埋没させるだろう。われわれはもはや統一インドネシア共和国の夢を見ているのでなく、サバイバルに挑む現実に直面しているのである。
ソース : 2005年10月14日付けコンパス紙 ライター: Musa Asy'arie スナンカリジャガ国立イスラム大学教授
2006/11/26(Sun)
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