(2004/01)
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[ 第211回 スリーインワンを避けるのに大わらわ ]
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自家用車一台の中に最低三人が乗車していなければならないというスリーインワン政策の違反者に対する法的処分が始まって二日、それが与えたインパクトは並外れたものだった。朝10時と夜7時を過ぎた乗車人数制限区域を含めて、全首都のいたるところに渋滞が発生した。いちばんたいへんな目にあったのは、言うまでもなく制限区域近辺に勤めているひとたちだ。
たとえばジョコ・ルロノ。かれはいつもの習慣を変えなければならなかった。タムリン通りにあるウィスマ・ヌサンタラのオフィスに着けるよう、かれは朝5時45分に家を出た。なぜなら東ジャカルタ市ポンドッコピ−に住むジョコは、チピナンにある学校に子供を送り、そこからプガデガンに行って子供をおろし、そのあとかれと妻はテンデアン〜クニガンを経てガトッスブロト通りのテルコム社屋横の道に出てくるのだ。 二人しか乗っていなくとも、従来クニガンの制限区域入り口だけが監視対象だったので、かれは区域内をそうやって走行していた。ところが今度は区域内がすべて対象となったため、かれは自動車を妻の会社に預けざるをえなくなった。そこからかれはメトロミニS−604に乗ってウィスマ・ヌサンタラの前で降りる。エグゼキュティブがびくびくもののメトロミニに乗らなきゃならない! 普段からパリっとしたかっこうをしているかれは、退社後またメトロミニで妻を迎えに行く。ふたりにとって面倒なのは、夜7時を過ぎなければ帰宅できないこと。「二時間も待つと、まるで三年も待ったように思える。」とジョコは言う。
タムリン通りの銀行職員スシ・イスワンディ29歳もたいへんな目にあっている。これまでかの女はいつも夫が自家用車で送ってくれていたが、26日午前6時、ブロッMターミナルのトランスジャカルタバス停にかの女の姿があった。 「こんな状況って、わたしたちには難儀よ。わたしが『どうしても送って』って言えば、夫はたいへんなことになるじゃない。それでジョッキーなんか使えばまた出費が増えるし。」ファトマワティ通りに住むかの女はそう語る。実は、スリーインワンが区域内前面施行となって以来、相乗りジョッキー料金はそれまでのひとり2千ルピアから近距離で3千ルピア、遠距離だと最高で1万ルピアにまで上がっている。警官に捕まるリスクも別にある。「あんな公共バスに乗るのも不愉快だし。早起きして、座れるように早く行って並んで・・・・。」スシはそう本音をもらす。
制限区域を避けて代替路を通るのは多くの人が行っている。結果は、代替路が車でびっしりの大渋滞。スディルマン通りの銀行職員スギオノがジョッキーを乗せたのはそれが理由だった。災難にも、かれは警官に捕まった。ところが幸運なことに、警官は違反切符を切らず、制限区域から出て代替路を通るようにかれに命じた。 スリーインワンをあしらう別の方法は、グラハ・ブアナタラインダプルマイ(BIP)に入居している事務所に勤める職員たちが行っている、ガトッスブロト通りを通るやり方。会社は夕方6時に終わるが、かれらは夜7時まで事務所でぶらぶらしている。そのビルの警備員、スルヨノは「外に警官がいるかどうかを事務所の連中が頻繁に聞いてくる。いたらかれらはじっと待ってる。」と語る。問題は、帰宅時間を遅らせると、電気の使用量が増えること。当然それは会社の経費増となる。グラハBIPに事務所を構えている会社は、電気使用時間をビル側と決めているのだから。
スリーインワン時間延長のインパクトは多くの会社が深刻に受け止めている。会社の中には結局、勤務時間を適応させたところがある。石油天然ガス執行庁は、それまで朝7時半から夕方4時までだった勤務時間を、朝7時から夕方3時半までと27日から変更した。ほかの会社に勤める大勢の社員たちも、会社の繁忙時間にスリーインワンが実施されていることを嘆息する。かれらは社外でのミーティングや顧客訪問などといった社用の外出が困難になったのだ。「社外で何かあるときは、仕方ないのでオフィスボーイを連れて行ってますよ。」ジャムソステッ広報員プラスティオ・ジャティの弁。
嘆きのビジネスマン スディルマン〜タムリン沿いのビル管理者たちからも、テナントのビジネス活動に障害が起きていることで、苦情が出されている。プラザBIIのデワント・プルウォウトモ、ビル管理部長は、スリーインワン実施の三週間前に主に外国人の入居顧客からその影響に関する質問が相次いでいた、と語る。かれらは朝9時から10時ごろ、クライアントとビジネス交渉のためのミーティングをよく持つし、スディルマン〜タムリン界隈のよそのビルに用事があって出かけることも多い。 心配なことに、デワントもジョコ・ルロノも、多くの入居企業が事務所の移転を考えはじめた兆候を既にとらえている。「ビル経営者に大きな損失をもたらすだろうことは言うまでもない。」と語るジョコ。オフィスビルのテナント募集が難しくなっているのも不思議はない。プラザバピンドのビル経営をしているPT Gunung Sewu Inti Management のビルディングマネージャー、ブンタラン・ウィビサナによれば、制限区域外からビルへの出入りはどのようにできるのかという質問をテナント希望者のほとんどがしてくるのに大わらわで答えているそうだ。スリーインワンを避けてビルに出入りできるルートを誰もが気にしている。 制限区域にあるオフィスビル経営者は、初期ステップとして裏門を通るアクセス路を拓こうとしている。プラザBII,ムナラタムリン、BPPT応用技術研究庁、インドネシア銀行そしてさらに多くのビル経営者たちがそれを行っている。「当方のテナント顧客の苦境を都庁に訴えることをいま検討している。どうであれ、共通利益のためなのだ。」デワントはそう言う。プラザBIIには40社が入居し、駐車場は1千台の収容能力がある。ムナラタムリンは60社が入居し、駐車場は6百台の収容能力。BPPTは11の役所と民間会社が入り、駐車場は1千から1千5百台収容可。
スリーインワンの別のインパクトは大勢の社員の遅刻。ウィスマキョーエイプリンスとプリンスセンターオフィスビル群の駐車場係員は、多くの職員が朝10時を過ぎてからやってきて、夕方4時前に帰っていく、と述べている。
近道 いちばん普通で、しかも都庁が望んでいることは、代替路が利用されることだが、常に容易であるとは限らない。悪化の一途をたどる交通渋滞を突破するつらくて長い闘争のほかに、オフィス街の裏にある狭い小路を巧みに運転しなければならない。おまけに制限区域周辺のオフィスビルがみんな裏道から入れるようになっているとは限らない。そのためにかれらは職場に到達するために、多くのオフィスビル駐車場を出たり入ったりしなければならないのだ。グラハBIP内の会社に勤めるひとの例を見てみよう。 ガトッスブロト通りに面しているそのビルは別の出入り口を持っておらず、帰宅しようとする社員はどうしても制限区域に乗り入れざるをえない。だからビル敷地内から出たかれらはビルのすぐ右隣にあるウィスマ・アルゴマヌンガルの方へ車を走らせる。これはきっとキチガイ沙汰なんだろうが、仕方がない。早く家へ帰るためには、びっしり大渋滞している交通の流れへの逆送をあえて挑むのである。ちょっと通してもらうだけ。そうしてそこを出たらSCTV社に入る。やっとそこからオフィスビル街裏の道を抜けて代替路へと進んで行くことができる。そのためにかれらは駐車料金を4千ルピアも支出しなければならない。スリーインワンから逃れるために。 SCTVから出ればほっとする。少なくともカレックニガン通りを経てドクトルサトリオ通りに行けるから。そしてそこから渋滞を突破する闘争がはじまるのだ。カンプンムラユ方面、ラスナサイド〜マンパン方面、カレッ〜パサルバルからタナアバンやプジョンポガン方面に向かう、サトリオ通りを端から橋まで埋め尽くした大渋滞を。ガトッスブロト通りにあるマンディリ銀行、ムナラジャムソステッ、ムナラムリアやスディルマン通りのウィスマメトロポリタンなど、裏に出られるルートを持っているビルで働くひとびとも、同じ問題を体験する。 ムナラジャムソステッの駐車場運営者ダニは、朝の代替路の渋滞に嘆息した。「午前6時半からマンパンの代替路は車でびっしり。オジェッでサーベイしてきたけど、二度と通りたくないね。こりごりだ。」
渋滞の移転 起こっている難儀を見て、大勢の都民が夕方のスリーインワン実施政策の効果に疑問の声をあげている。なぜならこの政策は、ひとが家を早く出て、夜遅く帰るようにしていることが明白だから。すべての自家用車利用者がトランスジャカルタバスに乗ることを期待するのはむつかしい。なぜなら専用車線を走るそのバスはブロッM〜コタ間ルートしか運行していないのだ。ブカシ、デポッ、タングランの住民はどうやってトランスジャカルタバスの停留所にたどり着けばよいのか?容易ではない。並外れた渋滞のせいで時間がかかるだけでなく、費用も余分にかかる。 ブカシのビンタラに住むひとの例を見よう。かれはフィーダーバスに乗るためにラワマグンへと向かう。家を出てベチャに乗り、ポンドッコピーまでのアンコッに乗り継ぎ、やっとラワマグンへ向かう。トサリ・バス停に着いた時点でかれはもう片道9千ルピアを使っている。もし自家用車なら一週間分の燃料費に10万ルピアあれば十分なのだ。 より深刻な別の問題は、早朝に家を出て夜中に帰宅しなければならないことが、家族メンバーの間の関係を損なっていくという不安なのである。
ソース : 2004年1月28日付けコンパス
2004/01/31(Sat)
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[ 第210回 中途半端だらけの公共輸送対策 ]
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インドネシア、特に都市部での公共輸送問題に対する政府の対応が従来と同じであるなら、満足の行く改善はいつまでたってもなされないだろう。あらゆる面にわたって中途半端で、政治利害の色濃い政府の対応は問題の核心に触れたことがないのだから。
公共輸送には二つの領域があり、その取扱いは区別されなければならない。ひとつは選択的な公共輸送、中でも支払能力のある一部のひとの用に供するためのものと、もうひとつは大多数庶民のためのもの。前者はタクシーのような経済的に余裕のあるひと向けのものであるため、大きな社会問題を引き起こすことは稀だ。なぜなら、その種の輸送機関のサービスを享受するのは持てる者たちだけだから。このカテゴリーに属すのはタクシーやもっと庶民的なエアコン付きパタスなどの非エコノミー・バス。この種の公共輸送機関の料金値上げに関連して、それに反対する人々からのデモやボイコットといった事件が発生したことはない。 しかし最下層市民にも手の届くべき公共大量輸送に関する適正な料金政策は、慎重に行われなければならない。この種の公共輸送は、大多数市民が生活を営むためのバックボーンのひとつなのだ。なぜなら、自家用車よりもはるかに短時間に大量のひとを運ぶことができるから。
公共大量輸送がなぜ一般庶民に手が届かなければならないのか、についての考察はいくつかある。まず、この種の輸送機関は市民の円滑な活動をサポートするものであるため、それによって市民の経済活動は発展し、ついには社会に繁栄がもたらされる。次に、アクセスに便利で料金も安いとなると自家用車の利用が減少するので、大通りでの交通緩和がもたらされる。 自動車で過密状態になった大通りは、市民にダブルの損失を与えている。まず石油燃料の浪費や自動車と部品の消耗、そして大気汚染。おまけに渋滞からストレスを受けたひとびとの活動効率は劣化する。大通りを運転している市民で、渋滞に巻き込まれてため息をつかない者はいない。恋人と二人きりの場合を除いては。
バス乗客百人が25台のセダンに分乗し、それらがバス25台の動ける広さの路上スペースを埋め尽くすとどれほど稠密になるか、想像できるだろう。それがオートバイであったとしても、バスの効率にはかなわない。なぜならオートバイ10台、いや4台でさえも、バス1台が使うスペースを占領するのだから。 そのような相関性の面から都庁は公共輸送の役割を十分認識しているため、都市バス運営に対してファシリティや補助金などの援助を与えている。いくつかの大都市で、公共大量輸送は地元政府が用意して民間に運営を委ねていても、政府はさまざまな形態の補助を与えている。 鉄道の場合、鉄道会社がパブリックサービスオブリゲーション(PSO)という名称の補償や補助を受けているのはよく知られている。鉄道会社が低料金で公共輸送を行い、政府の義務を肩代わりしているためにそれが与えられるのだ。たとえばエコノミークラス料金がわずか400ルピアというジャボタベッ近郊鉄道を例にとれば、20キロを越える距離での運送コストは乗客ひとり当たり1,100ルピアになる。 道路公共輸送でもPSOという補償は存在するが、インドネシアでは稀だ。先進国のバス会社の中には、収入の半分を政府が補償しているというところもある。
処かわれば品かわる。ほかの国はインドネシアとは違っている。インドネシアでは、道路公共輸送、特に大都市とその近郊地区における輸送需要を満たす能力が政府にないため、その役割の大半は民間に頼っている。だとしても、公共サービスの責任から逃れられない政府は、一般大衆が利用するエコノミークラス・バス料金の統制を行っている。 政府が担う公共サービス責任のせいで赤字を続けなければならないバス公社PPD(ジャカルタ乗客輸送会社)があるジャカルタはまだマシだ。しかし運輸通信省管下のその都市バス会社だけではとても首都の需要をまかないきれないために、民間会社も首都の公共輸送に加わっている。ジャカルタ以外の都市でも、やはり運輸通信省管下のダムリ公社が都市バスを運行させている。
1970年代初期、アリ・サディキン都知事時代のジャカルタに、アメリカから援助が入った。USAIDが都市公共輸送のために数百台のバスを贈ったのだ。オペレーションは民間が行うという条件がついていた。こうしてマヤサリバクティ、SMS、ボネラヤ、ムランタマ、メダルスカルワギ、プリタなどの民間会社が作られた。当時の政府が定めた料金は適正だったので、それらの会社の経営は正常に行われた。ところがバスの経済寿命が尽きると、料金は妥当性を失い、最近のようなひどいものでなかったにせよ、サービスは低下し、ついには倒産する会社が出てきた。 バス台数を増やして発展を示したマヤサリバクティ以外の民間会社は政府が引き受けることになった。つまりPPD公社にバスと従業員込みで吸収されたのだ。
それからおよそ20年経った1990年代初期、都市公共輸送需要はPPD公社の手に負えなくなり、政府は新規参入事業者を募るという過誤を繰り返した。都市バス運行の許可を手にしたいくつかの会社が登場したが、その多くはKKNの色濃いものだった。 それからまた5年後、それらのバス会社はひとつまたひとつと倒れて行き、そのうちのいくつかは昔から名前を変えないマヤサリバクティにライセンスを譲り渡した。元々業界者でないひとびとが経営するそれらの会社は、規定に違反してレギュラーバスの運行をせずにパタスバスだけを走らせたが、それでも生き残ることはできなかった。 公共大量輸送バスはエコノミークラス・バスを非エコノミーより多く、つまり6対4の比率で運行させなければならない、という都庁の規則がある。エコノミークラス・バス運行での赤字は非エコノミークラス・バスの運行で得られる利益で埋め合わせられるよう目論んだ方針がそれだった。ところが実態は、エコノミー・バスを運行させるどころか、非エコノミー・バス運行だけの経営でも既に困難に陥り、ましてや最初から何人もの高官職者を『養う』というKKNを行う失敗を犯していたので、ハイコストビジネスにならないわけがなかった。 ハルヤント・ダヌティルトが運輸大臣のとき、上の規則に違反した会社はパタスやエアコン付きパタス用車種を使ってエコノミークラス客を運ぶよう強制されたが、それは長続きしなかった。なぜなら、それらの違反会社を『共有』する高官たちが手を回したために、大臣はその処罰を撤回したからだ。 いまでは、料金300ルピアのエコノミークラス(レギュラー)バスを運行させているのはPPDだけで、他の会社はマヤサリバクティを含めて非エコノミー・バスしか運行させていない。運行経費をカバーするのがまったく不可能なエコノミークラス料金でやっていけるような会社はもう存在しない。
公共輸送バスにとってサービスレベルの鍵は適正な料金にあるが、料金は政府のポリシー次第となっている。問題はきわめてスペシフィックなものだ。なぜなら政府のポリシーは、乗客である市民とバス事業者のいずれにとっても賢明と言えないものであるためだ。 もしも政府が公共サービスの責任を民間に委ねず、公共輸送問題を自分の責任として握っていたなら、これほど厄介な状況にはならなかっただろう。政府は常に、断固たる措置に迷い、往々にして処理は政治的配慮に染められ、社会的インパクトを怖れるあまり下層庶民の経済負担を増やすことを好まない。為政者の目からは、政策のせいで事業者が抱えなければならない損失に比べて、社会不安のほうがはるかに高価なものなのである。
幾度かの対話を通して、事業者とバス台数が40%以上も減ってしまった公共輸送業界の苦難を政府が正しく理解していることがいまや明らかになった。しかし事業健全化のために、経済性の面から算出された料金に引き上げることを、政府はしようとしない。値上げ幅があまりにも大きくなるからだ。 一方で民衆は今、とても簡単に煽動され、つまらない問題に関してもすぐに反応するようになっている。ましてや衣食住の次に都市の基本需要となっている公共輸送問題とくればなおさらのことだ。オルバ時代のように、すべての動乱はかならず鎮圧されてスケープゴートが作られたのとは違い、いま民衆は抗議ができる。「大学生が何にでも抗議し、黙っていないのは自然なことだ。だから民衆や学生のデモを受けたことのない大臣がほとんどいないのは当たり前だ。」グスドゥルもそう語っているではないか。 将来とき至れば、民衆のデモや抗議が社会状況を乱すことはなくなるが、今現在それは治安と経済に悪影響を与える。だから公共料金をあえて値上げする大臣はいない。なぜならそれは暴動を誘い、大臣はその元凶として非難されるからだ。
公共輸送における政府の責任放棄は、いくつかの例に見ることができる。中でも事業者をもっとも傷つけているものは、1970年代に決められた100ルピアという学生料金を、学生生徒に援助を与えるという理由で継続していること。事実上、その援助を与えているのは公共輸送バス事業者のほうであり、もっとずばり言うなら、バスを運行させている運転手と車掌なのだ。 政府は学生料金補助の埋め合わせがどこから出るのかなど知ろうともしない。何人の学生生徒が乗るかなど考えもせずにストラン(訳注=setoran 説明は下に)金額を決める事業者も同じだ。ミクロレッ運転手のひとりは、生徒の群れを乗せると、割引なしの満額を払う乗客が乗れなくなるかもしれないという心配から、生徒の群れを避けている自分が情けない、と告白する。「ところがオレの子供もあれと同じような生徒で、余裕がないから子供に十分な小遣いをやれないんだ。」と声をうるませる。 幸いなことに、都知事は学生料金を100ルピアから200ルピアに引き上げた。実際には、バスを運行させている運転手や車掌は、学生料金撤廃もしくは差額の政府負担を要求しているのだが。 まるで信じがたいことに、バスやミクロレッ運転手たちの収入は、どれだけ学生生徒が乗ったか次第だそうだ。かれらが集団で乗ると、往々にして金を払おうとしない。何人かの運転手は、学生生徒乗客数は全体の20%に達すると言う。そのようにして、運転手の収入は大きく目減りしていくのである。
(訳注 = setoran: 語義は、支払われるもの、納められるもの、のこと。公共輸送バスやアンコッは、運転手と車掌が自動車のオーナーから車両を委ねられてそれを運行させ、一日いくらと決められた金(それをストランと呼ぶ)を毎日オーナーに納めるシステム。一日の総収入からストランを差し引いたものが運転手と車掌の手に入る手取り収入だが、ガソリンをはじめ運行に必要なものの中には運転手と車掌の経費となっているものもある。一日の収入がストラン金額より少なければ、不足分はオーナーに対する債務となる。一見、借りた車両の対価あるいは使用料という理解もできるとはいえ、借り賃・貸し賃を意味するsewaや使用料・手間賃・費用などに使われるongkos、biaya 等の言葉は使われない。 はなはだ資本主義的構図がそこに確立されている。昨今では、運転手と車掌はその日のストランが確保されれば、あとは遊んで過ごしているそうだ。失業者が増えているため、他の者と糧を分かち合うということを理由に、かれらは別の者にストランを定めてその車両を運行させている。資本家行動を取るプロレタリアートの誕生だ。)
ソース : 2000年5月1日付けコンパス
2004/01/28(Wed)
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[ 第209回 整然とした秩序のなんと美しいこと ]
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炎熱が首都ジャカルタを炙る。 5月9日金曜日、スディルマン通りにあるホテルメリディアン前バス停の周辺に30人ほどの人が立っている。コタ方面行き都市バスが一台、バス停の近くに止まった。それまで立っていた群衆は突然はじけて、われ先にバスに乗り込もうとする。車内の乗客に向かって「もっと奥へ詰めてくれ!」と叫ぶ車掌の声が、空きスペースの争奪に群衆をいっそう駆り立てているようだ。60歳代の女性がひとり、不注意からか、乗降口の近くで転んだ。そんな老女などまるで知ったことじゃないとでも言うかのように、バスは動き出す。 しばらくして空車タクシーが三台、そのバス停に近付いてきた。群衆はまたはじけて、そのタクシーを手に入れようとする。整った服装に身を包んだ数人の若い女性たちの口からため息がもれた。タクシーを確保できなかったのだ。客の乗っていないタクシーがまた一台やってくると、同じことがまた起こった。タクシーの奪い合いがまた繰り返された。
ジャカルタでそんな出来事は、頻繁に起こるものではない。都民があれほど焦るのは珍しく、ふだんはそんなドラマチックな争奪戦に至らない。とはいえ、あのような出来事は、公共輸送に関連するあらゆることがらが現状よりもっと秩序整然となるように行政側が規制を行い、また新システムを作って、公共輸送機関や公共交通を統制するように反省する材料としてふさわしいものである。
首都の都市交通はだれの目にもきわめて乱脈に映る。そのように評されるのは、人間がエアコンなしバスの中にまるで動物のようにぎゅうぎゅう詰めにされている状況がいつまでも改善されないためだけでなく、そのバス自体もたいへん効果的に大気汚染を拡大させているからだ。往々にして窓ガラスすら無くなってしまっているバスともなれば、お涙もの。 さらに、乱脈と評されるわけは、誰でもそこで商売し、ストリート音楽稼ぎをし、こじきをしてかまわないから。そしてまた、乱脈と評されるのは、PPDのような都市バス会社が、いつも年間数十億ルピアの赤字だと自認しているから。こりゃたいへんなものだ。 都市バス内で頻発する犯罪も、たいへんスリリング。すり、催眠術師、刃物を持った犯罪者たちがバス内を自由に徘徊し、さからう者は誰であれ容赦しない。いまでは、不良生徒たちが気ままに悪事を行う舞台にさえなってしまった。金曜日に東ジャカルタ市で起こったように、刃物を手にした少年たちは悠々とバスを乗っ取り、乗客の金品を強奪し、女性の身体に触ったりしたのだ。かれらはあらゆる社会倫理上の決まりをひっくり返してしまった。
都市バス経営者は、バスサービスのレベルとマネージメントの改善を目指してドラスティックな対応を取れ、という要望が自然と高まる。陸運交通行政者も、乗客の恐怖をなくすために何らかの措置を講じなければならない。 都市バスは都市の核のひとつなのである。乱脈な都市交通問題が、緊急を要する、真にシリアスなことがらだと思っている都市バス経営者はいるのだろうか?都市バス設置と運行が公共サービスのもっとも基本的なアスペクトのひとつなので、そこで最大限のサービスが提供されなければならない、と思っている行政官庁はあるのだろうか? 交通問題観察者が、ジャカルタの公共輸送をニューヨーク、東京、ロンドン、香港、シンガポールなど世界の大都市と比較したがるのはフェアでない、との声が各界から聞こえてくる。それらの国は、まず国内秩序と社会倫理の構築に成功しており、そして経済も十分統御されている。ところが、それらの都市と比較せずとも、ジャカルタの首都行政は支離滅裂な状況の悪循環から脱け出す能力を日増しに失いつつある。
ジャカルタの公共輸送システムに見られる支離滅裂さは、何十年にもわたって錯綜した状況の結果であり、また社会の中に溶け込んだ習慣の結果でもある。そしてそれらの要因のもっともベースになっているものがインドネシア社会全般に染み渡っている規律の欠如であることは論を待たない。 たとえば順番待ち。あとから来た者は、自分を相手にしてもらえるのがほかの人よりあとになる、という認識がインドネシア社会にない。その結果、公共輸送機関を待つとき、あとから来た者は前に割り込もうとする。先に来ている人は割り込まれたくない。公共輸送機関を待つときの先頭争いはこうして起こる。その結果として、バス停の位置が移動する。 公共バスの運転手がそんな状況に合わせようとするために、事態は悪化する。バスは所定の位置に止まらず、乗客の群れに応じて停車する。
インドネシア社会にあるもうひとつの悪弊は、住民が都市型ライフスタイルに適応できていないことだ。ひとびとは村落部のライフスタイルを誤った形で都市に持ち込む。もっともそれが顕著なのは、バスから降りるときの振舞い。乗客はたいてい交通規則などおかまいなしに、目的地にできるだけ近い場所でバスから降りようとする。村では自分の家の前でバスを降りることも可能だろう。都市部でそれが行われたなら、われわれが既に目にしているような、高速道路上でバスから人が降りるというシーンの展開だ。 もうひとつあげるなら、駐車問題。村落部では場所も余裕があり、交通往来も激しくないので、駐車場所に神経を使うことはない。しかし都市部でそんなことをすれば、混乱疑いなし。 そして現実にそれが起こっている。ただ単に、目的地にできる限り近い場所で駐車したいがために、ひとびとは駐車禁止標識を無視する。だが都市生活においては、必然的な交通上の障害が存在する。世界の諸都市でも同様、どうしても歩かなければならない部分がある。地下鉄から出ると、目的地に到達するために数ブロックを歩くのは当たり前なのである。
概してジャカルタや他の国内諸都市に住むひとびとは、都市に住む村人とよく言われる。ひとびとが「田舎での暮らし」文化をジャカルタや他の都市で実践する限り、どの行政府であれ、いかなる交通システムを実施するのもむつかしい。 それは別にして、ジャカルタ都民の多くが貧困ライン下で生活している。だから交通問題は高いものにつくのだ。まず第一に整備されるべきは都市バスや鉄道といった公共大量輸送機関である。それが快適でないがために、都民は自家用車の使用にはしる。それが、あらゆる面にわたって、過密と支離滅裂の交通状況へと誘う元凶なのである。
ソース : 2003年5月12日付けコンパス
2004/01/25(Sun)
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[ 第208回 ジャカルタのバスターミナルはまだまだ不備 ]
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ジャカルタにあるすべてのバスターミナルとその周辺地域の状況はいつも同じ。無秩序と渋滞だ。たいていのターミナルは、その周辺一帯に市場が形成されている。バス運転手の多くはバスターミナルに入りたがらない。なぜならそれは時間の無駄だから。乗客はターミナル出口近辺でバスを待つ。こうしてターミナルは乗客がバスを待つ場所でなくなり、バスの駐車場と化す。
「カンプンランブタンに入るのを面倒がる運転手は多い。中途半端だからな。チャワンから高速に入ったら、パサルボに直行だよ。」先週、カンプンランブタンでインタビューしたマヤサリバクティ・バスの運転手はそう語った。 運行路線はカンプンランブタンまでなのに、チリリタンまでしか行かない運転手もいる。そうなると、カンプンランブタンへ行きたい乗客は乗り換えしなければならない。その結果は、交通費負担の増大。
チリリタン・バスターミナルに代替するものとして計画されたカンプンランブタン・ターミナルは、州間長距離バス、州内長距離バス、都市バスのハブとして設定された。14.1ヘクタールというジャカルタでもっとも広い面積を有するこのAタイプターミナルは、ジャカルタで最高レベルのバスターミナルなのだ。だが実態は、多くのバスがターミナルに入ろうとしない。例をあげれば、グロゴルから来るパタス6、ブロッMから来るコパジャ57、タナアバンから来るパタス16、ブカシから来るパタス9B、その他もろもろ。 「運がよければ、だよ。時々は入るけど、同じように時々入らない。」と乗客のひとりは言う。バス運転手があげるターミナルに入らない理由はたくさんだが、中でもメインは水揚げの追求。なぜかと言えば、ターミナルに入ったバスは順番待ちをさせられるから。勝手にターミナルから出るというわけにいかない。順番待ち義務はバス運行者たちにとって時間の無駄使いであり、つまりは稼ぎが減ることにつながる。二番目の理由はターミナルでの徴収金、特に非公式のそれ。そしてその次は、バスの運転手にも糧を他人と分かちあうという理由がある。他人とはつまり、ミクロレッやKWK(コペラシ・ワハナ・カルピカ)などアンコッの運転手たちを指している。 チリリタンで降ろされた乗客たちは、カンプンランブタンまで運んでくれるアンコッ03番に乗る。行政側は運行路線ルートを守らないバス運転手を処罰しているが、アンコッ運転手たちはしばしばそれに対して抗議の矛先を向ける。
同じAタイプターミナルであるプロガドン・バスターミナルの話しはまた違う。バス運転手がターミナルに入りたがらないのは、オーバーロード状態だからだ。3.52ヘクタールの広さしかないプロガドン・ターミナルが州間長距離バス4百台、州内長距離バス6百台を受け入れるには無理がある。ターミナルに出入りする7千人の乗降客も別の問題を投げかける。都市バスは大型(マヤサリバクティやPPD)中型(メトロミニやコパジャ)アンコッ(ミクロレッやKWK)が数千台にのぼるのだ。 3.52ヘクタールの土地も、オフィス、店舗、緑地、テルコムサービス店などが共用している。 ターミナルのバス出入り口で目にするのは無秩序。見た目の心地よさも、そして安全感もない。ここ、プロガドン・ターミナルにおける犯罪発生率は高い方に属している、と本紙のデータは示している。ひったくり、恐喝、詐欺、麻薬使用。プロガドン警察署もほとんど毎日、ターミナル一帯でごろつきに対する手入れを行っている。
都庁陸運局システム開発副局のDAリニ副局長によれば、プロガドンとカンプンムラユの二ターミナルはオーバーロードしており、カンプンムラユ・ターミナルは秩序回復のために整備しなおす必要があるとのこと。 実際、カンプンムラユ・ターミナルはラワマグン・ターミナルと同様、本来のターミナルではなかった。ラワマグン・ターミナルは最初、州間長距離バスのただのトランジット場所でしかなかったのだ。プログバン・ターミナルが開業すればプロガドンとラワマグンのふたつは閉鎖されることになる。「それはもちろん段階的に行われる。都内のバスターミナルに対する新しい秩序立てがなされることになる。」とリニ副局長は説明する。
陸運ターミナルに関する1995年度第31号運輸通信大臣令には、乗客ターミナルとは乗客の乗降、同一あるいは異なる輸送モード間での乗り継ぎ、公共輸送機関の到着・出発時間の管理を行うための道路運送施設である、と定義されている。 バスターミナルはその機能によってABCの三タイプに区分される。Aタイプターミナルは州間長距離バスや国境通過バス、州内長距離バス、都市バス、村落バスへのサービスを取扱い、BタイプはAタイプから州間長距離バスと国境通過バスが抜かれたもの、CタイプはBタイプから州内長距離バスが抜かれたものとなっている。ジャカルタでCタイプターミナルにはお目にかからない。(訳注=都庁交通局の資料では、カンプンムラユとラグナンの二ターミナルがCタイプとなっている。) いまジャカルタには、乗客ターミナルが20、貨物ターミナルが2ある。Aタイプターミナルとしては、プロガドン、カンプンランブタン、カリドラス、ルバッブルスの四つ。面積1.1ヘクタールのタンジュンプリウッ・ターミナルはBタイプだが、現実に州間長距離バスも入っており、負荷オーバーに見える。タンジュンプリウッ・ターミナルには州内長距離バス38路線、州間長距離バス16路線が入っていて、そこからボゴール、スカブミ、チラチャッ、プルウォクルト、マドゥラなどへと向かって行く。Bタイプターミナルはプリウッ以外に13箇所ある。ブロッM(7.1Ha)、グロゴル(1.4Ha)、スネン(0.9Ha)、コタ(0.4Ha)、ピナンランティ(2.3Ha)、クレンデル(0.4Ha)、ラワマグン(1.2Ha)、マンガライ(0.4Ha)、パサルミング(0.9Ha)、ムアラアンケ(0.02Ha)、チリリタン(2.1Ha)、カンプンムラユ(0.5Ha)、ラグナン(0.05Ha)がそれだ。 ラワブアヤ・ターミナル(10,03Ha)とジョグロ・ターミナル(0.5Ha)のふたつの乗客ターミナルはまだ稼動していない。リニ副局長は、ラワブアヤはカリドラスに取って代わる計画で、企画エンジニアリングの最終プロセスに入っている、と説明している。 タナムルデカ・ターミナルとプログバン・ターミナルは現在、貨物専用ターミナルで、プログバンに残っている10.9ヘクタールの未使用の土地に、プロガドンを代替するAタイプ乗客ターミナルが造られることになっている。
理想を言えば、ターミナルは乗客に快適さを提供しなければならないのだが、既存のターミナルは支離滅裂であるのが実態だ。駐車しているバスは所定の位置を守らず、ゴミは随所に散らばり、小便くさいトイレはほったらかし。 プランギ財団交通プログラム研究員のアンディ・ラフマは、ターミナルは乗客の移動と必要性の節目をベースにして企画され、建設されるべきだ、と語る。ターミナル建設もジャカルタの交通システム建設の中に統合されなければならない。多くの俄ターミナルの出現は、ターミナル整備が非効率であることを示している。罰則に関する明白で確たる決まりがない。 実は、交通局はターミナル整備計画を既に持っている。たとえばカンプンランブタン・ターミナルでは環境美化のために、緑地を増やしてそこを手入れしようとしている。先週、商人たちの抗議を排除して、ターミナル内にある154の露店・売り場を撤去した。 「あの措置は、ターミナル総合整備計画に沿ってのものだ。」とヌラフマン交通局副局長は説明した。
ソース : 2003年9月17日付けコンパス ライター: Susi Ivvaty
2004/01/22(Thr)
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[ 第207回 交通事故死亡者は一日30人 ]
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南ジャカルタ市のプルマタヒジャゥ交差点は、いまや死を呼ぶ地点だ。クバヨランラマ〜ポンドッインダからパルメラ〜スリピに向かって青信号を走り抜ける車は油断と不運が重なると、パタルスナヤン〜シンプルッ方向から線路を横切ってプルマタヒジャゥ通りへ進む車と衝突しかねない。ところがパタルスナヤン通りからプルマタヒジャゥ通りへの通行は禁止されているのだ。
昨日はオートバイがセダンと衝突した。以前からもう何回も事故が起こっているというのに、違反はとどまるところを知らない。ふだんその交差点へ行くと、事故のあとを示すガラスの破片が散乱しているのを目にすることができる。 オジェッ引きから最新型高級車まで、違反者たちは、その交差点からわずか2百メートルほどしか離れていないシンプルッまで行って回ってくるのが面倒なのだ。だからかれらは禁止標識が並んでいる場所を、法規を破り、死を招くほど危険であろうとも、横切るのである。朝、昼、夜、と絶え間なく続く違反はじつに災難。遵法意識のある住民はそのエリアを警官が監視するよう望んでいるが、ほかの住民たちはそれに対して悲観的で、それどころか悪徳交通警官たちの新たな不法徴収金稼ぎの場所にされるのがおちだ、と考えている。 どうであれ、プルマタヒジャゥ交差点のありさまは、腐敗し、近道を好み、法規を犯す文化が世の中を、すくなくとも交通標識を守らない運転者たちを覆っていることを示している。
路上は独特な市民の屠殺場であることを、ジャカルタを含む全国における交通事故の数が示しているのも不思議はない。国家警察交通局統制捜査副局のデータは、1995年から1999年までの5年間で、インドネシアでの交通事故死亡者数が55,899人、重傷者が45,253人と告げている。「一日当たりに直せば死亡者は30人、重傷者は24人になる。」7月に交通安全セミナーで統制捜査副局長タタン・スガンディ上級警視はそう語った。 人的要因が交通事故の最大原因だ。別のデータでは、交通事故原因の85%が人的要因で、道路インフラ要因は7%、自動車要因5%、自然環境要因3%となっている。交通事故は一般に、運転者の乱暴な運転、感情的になる、故意にハイスピードで走る、酒気帯び、技術能力不足などの結果として発生している。
交通警察の無関心や法規を尊重しない社会傾向が支離滅裂な交通の原因となっている。しかし交通警察だけを悪者にはできない。社会が法に対して怠慢であるときに、一方的に警察の措置ばかりを要求するようなことで、どうやって遵法が形成され得るだろうか。それはおかしい。
「規律レベルの低さは、市民が交通ルール違反の生み出す危険を認識していないところからくる。」と昨日、南ジャカルタ市スナヤン地区でインタビューした匿名希望の警官は言う。交通警察のいまの最優先任務は円滑な交通フローの確保であり、違反者を処罰することではない。だから警官が違反切符を切って罰を課する場合でも、違反者はまず説諭を受ける。警官は説諭を与えるさいに、共感的アプローチに努めている。その警官はそう語る。 スナヤン第一ゲートやスディルマン通りで目にするのは、何人もの交通警官が出張っているのに、ヘルメットを着用しないで往来するたくさんのオートバイ運転者やオジェッ引きに対して何をしようともしないこと。おまけにしばしば、四輪車専用の高速車線を、交通警官自身が自家用ナンバーをつけたオートバイで突っ走っている。 「オートバイ運転者のヘルメット着用忌避や交通標識違反は最近、目に余るものがある。しかし交通信号違反は少ない。信号を守ろうとする市民の意識は高まっている。」職歴15年だと言うその匿名希望警官はそう語る。
首都の交通フロー確保に、首都警察緊急対応ユニット二個小隊が毎日、出勤時間帯(06:00から14:00まで)と退勤時間帯(16:00から22:00まで)に出動している。高官職者や国賓には特別ルート警護が与えられている。退勤時間帯の違反は増える一方だが、警察が第一に配慮しているのは、交通の流れが停滞しないこと。 警察の交通違反に対する寛容さは、道路利用者が継続して違反するのに悪用されているようだ。タクシー運転手のスペンディは、頻繁に標識を無視して道路を横切るよう乗客のほうが要求する、と話す。乗客が運転手に違反を命じるのは、警官は何もしないだろうとかれらの大半がそう読んでいるからだ。「一般市民なら拒みもできるが、不良警官や不良軍人が違反するよう命じるのも稀じゃない。あるとき、乗客の不良警官がブディクムリアアンからホテルインドネシア前ロータリーをタムリン通りに右折するよう命じた。でもそこは17時まで右折禁止。案の定、緊急対応ユニットに車を停められて説諭された。今じゃ、もし乗客が違反を命じたら、罰金を払ってくれるなら、と返事するようにしてる。」というスペンディの談。 おや、それじゃあ、罰金さえ払えるなら、法を犯しても良いということになるじゃないか?
ソース : 2000年9月20日付けコンパス
2004/01/20(Tue)
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[ 第206回 乱脈な交通に映し出された法の麻痺 ]
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法が麻痺した姿はジャカルタの路上で簡単に見ることができる。用意されてある歩道橋など無視して、ところかまわず道路を横断する歩行者。乗客を道路の真中で乗降させる運転手。道路利用者はだれもが割り込みをするので、道路は大混雑。
おんぼろ荷車から完成品輸入高級車まで、いろいろな自家用車や公共輸送機関も、列車が通過する直前の踏み切りや赤信号を突っ切っていく。オートバイ運転者も同乗者も、ヘルメットなどかぶらずに街中を往来する。カキリマ商人は歩道や緑地、歩道橋の上などで店開き。だれもが決まりなどどこ吹く風、と突き進む。 「われわれの遵法文化は麻痺してしまった。文化という角度から見れば、社会に法はない。いつも規則が破られるが、それを違反と見るひとはもういない。」都市社会から秩序が崩壊してしまった状況を、イフダル・カシム社会擁護研究院専務理事はそうコメントする。 国と社会との間の合意であるべき法による統制は、かれによればもはや非人格的になっている。つまりひとびとは、制定された法規に縛られないと感じているのだ。これまで法規は常に政府が作り出してきたものだから、法的産物に対する疎外プロセスが起こっている。
オルバ政権の32年間が作り上げた法文化がそれだ。法規の編成という点で政府は、法は社会を統制するためのものという政治的決定を下す。社会はそこに関与せず、その編成から疎外される。こうして社会は、それに従う必要はなく、それに縛られてもいないと感じるのだ。 法の編成それ自体の問題とは別に、法文化もきわめてパトロニズム的だ。その意味はつまり、決まりを守るさいにひとびとは、上位者、有力者、権力者が示す行動や態度をまねるということであり、かれらの行動や態度が社会に浸透していくのである。
法を破り、合意された決まりにバイパス行動を取るふるまいは、権力者、行政機構、法執行者たち自身の行動と無縁でない。たとえばこんな事件。国家警察本部の高級将校が赤信号無視という交通違反を犯して違反切符を切られたが、刑罰を受けるのを拒んだ。それどころかその高級将校は、自分を捕らえた警官を叱りつけ、警官の身分証を持ち去った。ほかにも、いつも法の網をすり抜ける大型汚職者のケース。それらのすべてを世間は知っている。そのような法的アンタッチャブルは世間が見ており、そして社会の中に内在化していく。
もはやきちがい沙汰の交通秩序不在や標識無視が交通事故多発の源泉だ。Kラシッ陸運協会首都支部指導部副事務局長は、道路利用者が遵法精神に欠けていることが交通事故の最大要因だと言う。「交通標識無視が道路利用者本人と他の通行者の安全を脅かすために事故が起こる。」6月に開かれた交通安全に関するセミナーでかれはそう述べている。
国家警察のデータでは、1999年の交通違反は1,077,747件。違反の種類から見れば、もっとも多いのは、運転免許証を持っていなかったり、STNKを携帯していないといった書類携帯義務違反の376,143件で、二番目に交通標識違反の247,882件が来る。 都内バスの事故に関するデータでは、乗客を死亡させた事故9件のうち7件が、運転手の乱暴な運転とスピード違反を原因としている。飛ばしたら、運転手は必ず最高速度の標識に違反することになる。過去最大の事故は1994年3月5日にメトロミニがスンテル川に突っ込んで33人の生命を奪った事件。
じっさい、公道における法的基盤は、交通と陸運に関する1992年度第14号法令で整備されている。だがその法令も、社会の交通規範になりえていないことが実証済みだ。交通標識違反者に最高1ヶ月の禁固刑もしくは罰金百万ルピアと規定しているその法令の第61条はまるで張子のトラ。 ジャカルタ法律援護機関オペレーション担当理事長のダニエル・パンジャイタンも以前から、ジャカルタをはじめとする諸都市における交通規則や標識への違反は、国の政治社会コンテキストと切り離せない現象だという意見を持っている。「市民が交通規則を無視するのは、国の高官たちが法執行面で手本を示さないことに関係がある。道路利用者は悪い。しかしかれらに強い影響を与える外部要因があるんだ。」 大多数の市民も、経済的合理性を理由に、いともかんたんに法規に対するバイパス行動を行う。それどころか、指導者や法執行者たちが示す法律違反というお手本の結果、市民はいまや挑戦的ですらある。お手本にふさわしくない指導者たちの行為の結果、市民は「オレの勝手」つまり自分さえ良ければいい、という行動を取り勝ちだ。
法執行の役割を担う側として警察や行政職員がいる。文民高官や軍人が路上で特別扱いを受けているという実態をなくすべきときがきている。たとえばスマンギ立体交差点でスディルマン通りへ下る左折路を閉鎖し、一般車両をブロックしているときに、文民高官や高級軍人だけそこを通してやるようなことだ。一般人にはヒルトンホテルに駐車料金を払ってそこを通り抜けるように強いているというのに。 「警官は法執行云々の前に、社会の中で己の身を清潔にしなければならない。」とダニエルは言う。路上で収賄をしようとする警官、あるいは故意に金を出させるようにしむける(つまり不法徴収金)警官、そんな警官が多ければ、交通秩序が築かれていくことなど期待のしようもない。賄賂反対とは別に、法執行者や行政職員も正しい交通の手本を示さなければならない。 「交通規律の習慣付けは、一瞬にしてできるものではない。長い時間をかける必要があり、手本ができあがれば、市民は徐々に従うようになる。」とかれはコメントする。
しかし汚職から爆弾テロに至る他分野での法執行がまだまだ不満足である間、道路交通が秩序立ち、標識を厳守する通行が行われるとは期待できない。道路交通の乱脈さはインドネシアの法的無秩序を反映する鏡なのだ。
ソース : 2000年9月20日付けコンパス
2004/01/16(Fri)
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[ 第205回 路上の苛酷さに適応する ]
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座席を確保してバス乗車をエンジョイしようとしなくても良い。ムアラアンケでサービス業をいとなんでいる会社の販売担当であるイカ27歳の意見はそうだ。「座席の確保には苛酷な闘争が必要なの。わたしは座席が手に入らないことのほうが多い。だから手に入れたもので楽しむっきゃないのよ。」
午前6時、イカは南ジャカルタ市タナクシルの自宅からブロッMを目指して家を出る。ブロッMからはエアコンなしのPatas ( 訳注=cepat dan terbatas特別急行 )バスでムアラアンケへの移動を続ける。 ふだん膝上丈のスカートにハイヒール姿のかの女はいつも、バスがターミナルに入る前に乗り込むよう努めている。イカのような乗客は、停車禁止エリアにいるために徐行しているバスを小走りに追いかけて飛び乗る技術をいやでも身に付けさせられる。だがそんな努力も、座席確保を保証してくれない。ほっそりした身体つきのかの女は、座るよりも乗降口付近で押されながら立つことのほうが多い。 家から会社までの通勤時間は2時間半くらい。「わたしなんかまだ良いほう。ムアラアンケに勤めている友人たちの中で、ビンタロやパサルミングから来るひとは朝5時に家を出てるんだから。」 帰宅にもっと時間がかかるのは、退勤時間帯における交通渋滞のせい。夕方5時に会社を出たイカが家に戻れるのはたいてい夜8時半。 「バスの乗降口付近じゃなくて中ほどに立てる場所が取れたときは、乗っている間小説を読めるわ。」と語るイカはいま妊娠4ヶ月。ふだん同じバスに乗り合う乗客同士で親しくなっているから、通勤は必ずエンジョイできる、とも語る。
勤労者が郊外に居住して毎日都心部へ通勤するというパターンは、大都市での一般的現象だ。厳しい就職競争と土地や借家の高値という環境の中で、職場と住居の近接をはかるのは容易でない。「就職はむつかしいし、職場に近い下宿や家は高い。だから遠いところからでも通勤せざるを得ない。」北ジャカルタ市プルイッ地区の会社員ユニアルティはそう話す。 しかし遠くても交通がスムーズであるなら、短い距離なのに渋滞するのとは話しがちがってくる。職場と住居の間の遠近は意図して選択した結果だが、渋滞は道路利用者にとって選択の余地のないプレッシャーなのだ。 JICAの調査によれば、パサルミングからマンガライまで9キロを、1985年は22.5分で到達できたものが、2000年では58%もアップして35.6分となり、カリドラスからガジャマダ通りまでの14.6キロは、29.5分から51.7分へと75%も余分に時間がかかるようになっている。
経済の中心であると同時にインドネシア最大の交通渋滞都市でもあるジャカルタで働く数十万のひとたちが、スムーズでない道路交通に時間とエネルギーの多くを吸い取られながらも、プロフェッショナルな成果を示すことができているのは賞賛にあたいする。 都民の生産性はジャカルタの道路状況に強い影響を受けている、とインドネシア大学心理学者ウィルマン・ダフランは言明する。エネルギーを回復させるための休憩時間が路上で費やされれば、生産性が影響を受けないはずがない。 路上でのストレスは社会的な人間関係に緊張をもたらす。「その緊張のせいで、些細な摩擦でさえコンフリクトに発展する可能性を持っている。」インドネシア大学社会学者パウルス・ウィルトモの談。 路上で費やされる時間があまりにも多いことは、家族生活にも影響を与えずにはおかない。子供に対して十分な関心と一体感を注ぐ代わりに、両親の時間とエネルギーは路上で使い果たされてしまう。家族の接触にあてられる時間の減少が、たとえば携帯電話のような間接的人間関係で代替可能なものかどうか、まだ十分な議論がし尽くされていない。 渋滞を取り込んで会社からの退勤時間を遅らせるパターンも活発だ。渋滞に会わない帰宅時間を待ちながら、家族と一緒でない、自分だけで行う趣味も盛んになっている。スポーツやリラクゼーション活動、そして都心部にあるカフェや娯楽施設の退勤時間以降の賑わいなども。
こうして週末の休日が、家族のための日となる。だが、休日の渋滞、特に行楽地に向かうルートで起こる渋滞は、レクレーションがもっと大きなストレスの影につきまとわれる結果をもたらす。その一方で渋滞は、インフォーマルセクターの経済チャンスとして利用されている。路上の物売り、乞食、交通整理屋たちが、渋滞の中に糧を求める。ドライバーたちは挙句の果てに、駐車や高速道路利用のときだけでなく、カンポンの道を曲がるさいにも、往々にして金を払わされることになる。
言うだけ言っておこう。音楽を聴いたり、自家用車の中から携帯電話をかけてビジネスしたり、といった快適な活動を行って、路上の渋滞や紛乱からのストレスを篭絡できるのはほんの一握りのひとでしかないことを。エアコンのきいた自家用車内で音楽を流せば、運転の緊張もすこしは解きほぐれる。ましてや運転手が運転してくれて、リラックスして音楽を楽しめるならずっと良い。 しかし道路利用者の大多数は、そんな快適な自家用車の中にいない。かれらは嘆かわしい状態のバスに詰め込まれたり、やけくそスタイルで運転するオートバイに同乗しているのだ。だが人間は、状況が生み出すプレッシャーに対する適応能力を持っている。心理学者ジョー・ルメセルは、ジャカルタの道路利用者も適応行為を行っていると確信している。かれらはアナーキーな路上の状況に適応せざるを得ないのだ。「交通渋滞がストレスを生むのは疑いもありませんが、そんな状況が反復されれば、ひとびとは生き残るためにそれに適応しようとします。」とジョーは説明するが、そんなプレッシャーの中で生き残るために社会が使うメカニズムとはどのようなものなのだろうか?
規則無視の交通、警官が見張っていなければ機能しない交通信号、暴力的で身勝手な運転者。それらは正常な状態ではないのだ。 「ひとは異常な状況への適応を強いられる。結局かれらは生き残るために、異常なふるまい、攻撃的で身勝手な行為を選択する。」とウィルマンは言う。 交通規則は無視され、路上は文化を見失い、礼節を忘れたかのような社会の性格を映し出す。「トーキョー、ソウル、バンコックとどの都市にも渋滞はありますが、渋滞の中でもひとは秩序を守り、ルールに従っています。」と語るジョー。
交通規則は警官が監視してそれを守らせる場合にしか機能していない。たとえば、西ジャカルタ市クブンジュルッ通りをいっぱいにしているミクロレッ運転手たちは、混雑ポイントを整理する警官がいれば、のろのろではあっても交通は流れるようになると確信している。道路利用者の規律はどうして交通規則を監視してそれを守らせようとする警官の存在に依存しているのだろうか? 異常な状況からのプレッシャーの中で、社会の秩序がひとりでに発展することは期待できない、というのがウィルマンの意見だ。「自分が公平に扱われていると社会構成員が感じ、また規則が正しく執行されるようにする警官がいるところで、はじめて社会が秩序立つようになる。しかしいまの警官や陸運局職員がそんな法執行のお手本になり得るだろうか?容易ではない。かれらの給料は十分じゃないんだ!」ウィルマンはそう強調する。 同じ調子で、規律不在は道路構造がもたらした文化遺産だという意見をパウルス・ウィルトモは説く。今ある交通システムは安全を感じさせない。路上犯罪に対して安全でなく、規則が公平に執行されないために安全感がない。
道路利用者は、自分が規則を守ると規則を破る者に横取りされるため、しばしば怖れを感じている。「ジャカルタの路上で礼儀正しい運転者になると、自分の車を走らせる場所がなくなってしまう。」自分でよく車を運転する南ジャカルタ市クバヨランラマに住むヤスミン30歳はそう語る。 規律不在の社会的メンタリティがインドネシアの諸都市における交通紛乱の原因だという説をジョーは否定する。路上で花開いている乱暴者の性質は、路上でひとを人間的にしない交通システムの結果だとかの女は言うのだ。 「これは既存の構造的状況が形成した文化パターンであり、だから社会の文化を悪者にするのは間違っている。構造が改善されてはじめて秩序立てが可能になる。」そう語るパウルスは、構造的な渋滞の最大の責任は国、つまり規則を作る機関と政府にあると考えている。なぜなら構造を作ることができるのは国だけだから。
自家用車での外出を好む都市社会は、既存の構造状況が形成した文化パターンだ。安全感と快適さを備えた公共輸送機関を国が提供できないがために、自家用車使用を優先する文化はいっそう強固になっていく。国家開発企画庁施設インフラ担当長官代理スヨノ・ディクンは、乗物よりも人間の移動を重視している諸外国のポリシーに強いポリティカルウイルを見出だしている。そのような政治的観点からは、ひとを路上で人間的に扱う政策が生まれてくる。 ジャカルタでは、交通渋滞は単なる交通問題を超えた、もっと広くて根深い問題だ。交通渋滞は同時に、政策策定者の思考システムが渋滞していることをも示している。経済社会政治システムにおける企画マネージメントが猥雑であることの見返りとしての渋滞なのである。 いまやジャカルタの道路は、首都が都民に対して与えている苛酷さをいちばん明白に映している鏡なのだ。
ソース : 2003年11月1日付コンパス ライター: Nur Hidayati
2004/01/13(Tue)
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[ 第204回 気を狂わせる交通渋滞 ]
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首都圏市民の通勤時間は日を追って長くなるばかりだ。ブカシ住民のひとりは、都内スリピ地区にある会社まで二時間かかるが、四年前は45分で着いていた、と言う。またかれの同僚のひとりは、ジャカルタ〜チカンペッ高速道路とチャワン〜トマン高速道路とはもう縁を切ったと言っている。つまり、かれが都内循環高速道路を使わなければならない場合は、チャワン〜タンジュンプリウッ〜グロゴル〜トマンと迂回して来るのだ。距離も遠いしガソリンの無駄使いでもあるが、時間はそのほうが早い。 高速道路のブカシ〜チャワン区間とチャワン〜トマン区間の交通渋滞が、いまやすさまじいものになっているのは周知の事実。朝だけでなく、昼も夕方も変わらない。土曜日でさえ、昔は空いていたというのに、いまではたいへんな渋滞になっている。幹線道路や動脈路での渋滞発生も、ますます頻繁に起こっている。だからいま、ジャカルタで車を走らせるのは、忍耐力をテストされているのと変わらない。なぜなら、どんなに寛容な人間でも、絶え間なく巻き込まれる気を狂わすような渋滞に気持ちがくさくさすること請け合いだからだ。
投げつけあうクラクションの響きの合間に、悪態や呪いの言葉が聞こえるのはしょっちゅうだ。「この野郎、道をあけろ!」渋滞する東ジャカルタ市デウィサルティカ通りを通行中のミクロレッM−06の運転手が、自分の前にいる車に向かって吐き捨てるように言う。かれにしてみれば、その車が自分の走行を邪魔しているように思えるのだ。 「いま路上にあるのは、『くそ』『犬野郎』などといった汚い言葉ばかりだ。ひとは路上で怒りっぽい性格に変身している。道路状況があんなだから、気持ちの余裕が失われてるんだ。道路はぎゅうぎゅう詰めで、ちょっと車をこすったくらいでもなかなか収まりがつかない。」東ジャカルタ市チリリタン地区に下宿している会社員パンジャイタン27歳の談。かれによれば、デウィサルティカ通りとオティスタ通りのふたつの大通りを抜けて、チリリタンからカンプンムラユへ行くだけで一時間かかるそうだ。「乗合バスに乗ってそのくらい。オートバイだと15分くらい早い。でも早朝の道路が空いている時間帯だと、その距離はわずか10分で走り抜けることができる。」疲れてげんなりした表情が、そう語るかれの顔に浮き出ている。
交通渋滞。毎日の仕事や所用での移動のために交通機関を利用する必要のあるジャカルタ都民にとって、その言葉はますます脅威の度を深めるばかり。ブカシ、ボゴル、デポッ、タングランというジャカルタ近郊衛星都市の発展につれて、ジャカルタとの間の交通往来も増加の一途をたどっている。あるブカシ市ビンタラの住民は、高速道路つまり東ポンドッグデ線を通らなくなってしまった。かれはいまや、ポンドッコピ〜イグスティグラライ〜チピナンを経てバスキラフマッ通りの端からカサブランカ通りを目指すルートを取っている。「金を払って高速道路を使っても、会社まではやはり2時間かかる。早朝に出社する必要がある場合は、ラワマグン料金所から都内循環高速に乗り、アンチョル回りでスリピからスマンギへ出る。」との談。 高速道路でだけ渋滞が起こっているわけではない。一般道路ではもっとひどい状態だ。幹線道路ですら、スディルマン通りからタムリン通り、そしてメダンムルデカバラッ通りまで、昼間、夕方そして夜になっても渋滞は続く。朝は幸運にもスリーインワンがある。 ジュラガナン通りからスルタンイスカンダルムダ通り、メトロポンドッインダ通りを経てポンドッピナン交差点に至る動脈路でも状況は似たようなもの。「だから交通渋滞にぶつかりたくなかったら、朝は5時から5時半の間に家をでること。夜は10時から10時半ごろになれば、交通はスムーズになる。」南ジャカルタ市ビンタロに住むバンバンはそう語る。 ジャボデタベッ交通総合基本計画調査第一フェーズの結果に見られるように、さまざまなルートにおける到達所要時間は下表の通り長くなる一方だ。
ルート 距離(キロ) 1985年の所要時間 2000年の所要時間 パサルミングからマンガライまで 9.0 22.5分 35.6分 TBシマトゥパンからモナスまで 13.9 38.2分 48.9分 チルドゥッからマエスティックまで 3.9 15.9分 25.0分 カリドラスからガジャマダまで 14.6 29.5分 51.7分
1985年、パサルミングからマンガライまでの9キロは、平均時速24キロで22.5分で走破できたが、2000年では平均時速が15.2キロにダウンし、時間は35.6分もかかるようになった。 交通渋滞はさらに、列車踏み切り事故の可能性を高めている。鉄道公社PT KAIジャボタベッ第一操車区のザイナル・アビディン広報課長は、ジャポタベッにある全6百箇所の踏み切りの中で、事故発生の不安が高まっている踏み切りは増加している、と語る。それは、踏み切り近くで客待ちする乗合自動車やオートバイオジェッが多いためだ。「渋滞するとひとは焦る。自動車が線路上にいるときに列車がやってきても、自動車は前進も後退もできない。渋滞は踏み切り事故を増やしかねない。」同課長はそのように説明する。
首都警察交通局の公式データによれば、2002年の自動車台数は4,596,368台で、道路総延長は6,628,481メートル。すべての自動車を一台一台路上に並べると、身動きできる余地はほとんどない。2003年の今現在、自動車台数は6,506,244台になった。この激しい増加をご想像いただきたい。内訳としては、1,464,626台が自家用車を含む乗用車、449,169台がトラック、バスは315,559台でオートバイは3,276,890台。二輪車も四輪車もやむことのない増加を続けている。150万台前後しかなかった1990年代とは雲泥の差だ。 「ひとが自動車を買うのを規制するのはとても困難だ。自動車の購入は自然な行動であり、それは継続的に行われる。なされねばならないのは交通マネージメントなのだ。」ナウファル・ヤヒヤ首都警察交通局運輸課長はそうコメントする。激しさをつのらせている渋滞がもたらすインパクトは、石油燃料の消費増とあらゆる自動車に対するメンテナンスの増加であり、それらすべてが交通コストを押し上げている。
ジャボデタベッ交通総合基本計画調査の第二フェーズでは、ジャボデタベッ地区の交通渋滞が引き起こす損失は、自動車の走行自体で2.7兆ルピア、長引く走行時間が生み出す社会損失が2.47兆ルピアと算出された。つまり首都圏で発生している交通渋滞は5.44兆ルピアもの経済的損失をもたらしているというのだ。2020年までに交通渋滞が解消されなければ、経済的損失の累積は70.3兆に達する。 注目すべきもうひとつの問題は、家族関係に与えるインパクトである。両親は早朝に家を出て、夜中に帰宅する。交通渋滞が収まる時間を待ちながら、オフィスやカフェで仕方なく時間をつぶしているヤングエグゼキュティブたちは大勢いる。家族、中でも子供たちのためにどれだけの時間を割くことができるのか、想像にあまりある。
ソース : 2003年10月23日付けコンパス ライター: Nicholash Korano, Susi Ivvaty
2004/01/10(Sat)
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[ 第203回 乗入れ規制が交通渋滞を解きほぐせるのか? ]
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チャワン料金所から都内循環高速道路に入ってくる数台のバスは、左側に傾いでいる。それは、路線番号P6カンプンランブタン〜グロゴル線、路線番号P4プロガドン〜ブロッM線、路線番号P16カンプンランブタン〜タナアバン線などのバス。乗客はぎゅうぎゅう詰めで足の踏み場もない。「アドゥ〜ッ、足を踏まれた!」P4バス乗客のひとりが叫ぶ。ジャカルタのとある夕べ、退勤時の光景。 最初、クブンナナス料金所から高速道路はスムーズに流れていた。それが、流れが遅くなって詰まりはじめ、マンパンを過ぎればもう車でびっしり。バスを閉じ込めて、ひとりしか乗っていない車が数珠つなぎだ。突然一台のキジャンがP4バスの鼻先に入ってきた。とっさにののしり声が運転手の口をつく。
都内バスをはじめとする公共輸送機関の運転手の目には、路上を広く占拠する自家用車数の多さが公道での渋滞の原因をなしていると映る。その自家用車ドライバーたちを何台かの40人乗り都内バスに集めてみてごらん、路上の車がどれだけ減ることか・・・・。 「バスだったら大勢運べる。みんながバスに乗ろうとすれば、路上の渋滞なんかなくなるよ。」P98バス乗務員ダルマの弁。 反対に自家用車ドライバーの一部は、公共輸送機関がしばしば交通渋滞を引き起こしている、と考えている。乗客を好き勝手な場所や道路のど真ん中で乗降させたり、交差点や交通繁華な地点で客待ち停車している乗合い自動車は多い。 歩道や路上で好き勝手に物売りをしているカキリマ商人にその責を帰するひともいる。ボゴール街道、マトラマン大通り、チプリル市場やチプタッ市場、あるいはスネン市場周辺などがその好例だ。カキリマ商人たちは自動車のための一車線だけを残して道路を堂々と占拠している。おまけに、渋滞ポイントを目の前にして続々とオープンしているモールやプラザの存在が、交通渋滞の要因にバラエティを添えている。 結局、年中起こっているジャカルタの交通渋滞の原因はもつれた糸のまま。ひとはただお互いを非難しあうばかり。
しょっちゅう起こる交通渋滞が通行時間を長くしていることは言うまでもない。一車線の最大キャパシティは時速45〜50キロ走行で1千9百台というのが理想的だが、都内で継続的に時速45〜50キロで走行するのはまず不可能だ、と首都警察交通局運輸課長で交通オブザーバーでもあるナウファル・ヤヒヤ警部は語る。ジャカルタの道路における交通量は膨大なものであり、自動車の走行速度がゼロとなる飽和状態目指してさらに増加を続けている。
ジャカルタの自動車台数の増加はもちろんすさまじい。首都警察交通局のデータでは、2003年の自動車台数は6,506,244台。乗用車1,464,626台、貨物運搬車両449,169台、バス315,559台、バイク3,276,890台というのがその内訳。2002年の総数はまだ4,596,368台だった。 乗用車というのはセダン、ジープ,ステーションワゴン、ミニバス、ミクロレッ、サバーバン、救急車、霊柩車、コンビ等。貨物運搬車両に属すのはコンテナトラック、トレーラー、貨物トラック、消防車、ピックアップ、レッカー車。バスに区分されるのは普通バス、マイクロバス、ダブルデッカー(今はもう存在しない)。バイクはスクーター、オートバイ、その他。 1999年に乗用車は18,147台増加し前年増加数から4割増だったが、バイクの増加は14,073台で前年の増加数から6割減となった。2000年の乗用車増は112,244台と前年から6倍を超える伸び。バイクは20,908台の増加。 ところが2001年にバイクの激増が起こった。333,510台の増加は前年のほぼ16倍。四輪車も107,478台の増加。2002年の四輪車台数増は41,918台、バイクは223,896台。2003年は9月までで乗用車が65,839台、バイクが365,811台の増加。 そんな数字を見せられるわれわれは、ため息のつき通しだ。陸橋やトンネルなどの道路建設が自動車の増加とどれだけバランスが取れていないか、議論の余地もない。都内の道路はいまだに全長7千6百数十キロ前後しかないのだ。
首都警察交通局車両番号証明書課長ヌルハディ警部は、STNK(車両番号証明書)とBPKB(自動車所有者手帳)の新規発行申請は毎月増加の一途だ、と言う。だがそれ以外に、ジャカルタからボデタベッ(訳注=BODETABEKボゴール〜デポッ〜タングラン〜ブカシ、首都郊外地区を指す)やその他の地区へ転出する車も多い。ジャカルタで購入しジャカルタのSTNKを持っているが、ジャカルタで使われない車もある。 去る9月の実績を見ると、ジャカルタから他交通局管区への転出は1,885台で、ボデタベッ内が425台、それ以外が1,460台。購入された自動車がある時点で一斉に使われ始めるわけでもない。 「ガレージには1台しか入らないのに、車を三台も持っている人は多い。結果的に路上駐車が起こる。車を全部使っているわけじゃないが、道路に渋滞が起こるのは同じだ。」ジュマルノ南ジャカルタ管区交通局統合サービスセンター長の談。 自動車購入を禁止するのは不可能だ。「経済状態が向上すれば、それは自然に発生する。できるのは路上での規制だけだ。」と語るナウファル警部。その規制のひとつがスリーインワン。その件に関連して首都警察は、スリーインワン実施時間内外でのスディルマン通りの交通状況を調査したことがある。チェースプラザ付近にモニターカメラを置いて一日の交通状況を調べたところ、スリーインワン時間帯での交通の流れはたいへんスムーズだったことが確認された。スリーインワン違反者への厳重な罰則を行えば、ドライバーたちはそのエリアへの乗り入れにもっと慎重になるだろう。 「スリーインワンが失敗だなどと、いったい誰が言ってるのかね?問題にされるべきはジョッキーの出現であり、それは政策上の副産物だったが解決策はかならずある。スリーインワンを夕方も行うことをどう思うかと聞かれたなら、わたしは当然賛成だ。賛成しないはずがない。別の方法として、たとえば駐車料金を高くする、というのがある。一時間の駐車料金が1万ルピアになれば、自家用車の使用を考え直すひとが増えるだろう。その方法は実施可能だが、反生産的かもしれない。インドネシアのような発展途上国では、スリーインワンはかなり優れた政策だとわたしは思う。」ナウファル警部はそうコメントする。
首都警察交通局副理事のシャフルディン副警部正は、路上走行が許される自動車を製造年で規制することもできる、と言う。また自動車の性能検査を実施することでも可能だ。道路走行に不適当な自動車は路上通行してはいけない。しかし国民も行政側も、その政策を受け入れる準備がまだできていないようだ。 「バリとバタムでは、自動車の走行規制がうまく行っている。製造されてから10年を超えた自動車は走行禁止。道路のキャパシティが不足しているという理由で、バリでは成功している。ジャカルタではどうだろうか?都民はそれをはじめることができるだろうか?」 イルザル・ジャマル都庁開発担当補佐官は、大量高速輸送機関を建設することでの公共輸送改善と自動車規制の実施は同軌させなければならない、と語る。2004年年初に運行が始まるバスウエーとやはり2004年に建設が開始されるモノレールは、大勢の人を自家用車から公共輸送機関に移行させ得るものと期待されている。 バスウエーつまり専用車線バスの第一フェーズは、ブロッMからコタまでの12.9キロを通る。トランスジャカルタ社は一台で30の座席に立ち乗り55人の収容能力を持つ特製バス50台の準備を進めており、そしてまた施設建設は全21箇所のバス停のうち19箇所(2箇所は完成済み)が大車輪で進められ、遅くとも2003年末には完成が予定されている。 4億ドルを投じて造られるモノレールの第一フェーズは、トゥベッからサハルジョ通り、メンテンダラム、カサブランカ通り、アンバサドル、ダルマラサクティ、ムナラバタビア、カレッ、クブンカチャン、タナアバンセントラル、プトジョ、モナスから終点ハルモニーという全長24キロのルートを通る。その単線工事の完成は2006年が予定されている。
ソース : 2003年11月1日付けコンパス ライター: Susi Ivvaty
2004/01/07(Wed)
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[ 第202回 スリーインワン、遊び半分プログラム? ]
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西ジャカルタ市クドヤ地区のある民間会社に勤めるスラメッ49歳は、都庁が乗車人数規制エリア制度つまりスリーインワンの時間を増やす計画をしている、と聞いてがっくりした。「はあ?なんだって?間違ってんじゃないの?朝だけでもジャカルタの交通渋滞は何も良くならないのに、もっと時間を増やす?都庁はおかしいんじゃない?」スラメッはそう言う。 スリーインワンを筆頭に、都庁の交通行政は遊び半分だ、とかれは思っている。「わしの記憶じゃあ、チャワン〜グロゴル高速道路が開通したとき、そこを通ろうという車は数少なかった。みんなガトッスブロト通りの方を通ってたよ。高速道路があまり使われないもんで結局都庁は、渋滞緩和という名目でスリーインワンの実施を了承したんだ。」 四人の子供の父親であるかれは毎日、ガトッスブロト通りを通って会社へ通勤している。ほかに誰も乗っていない車で、乗車人数三人未満の車の通行が禁止されているエリアをどうやって通り抜けるか、という問題とかれは毎日闘っているのだ。
時にはジョッキーを雇うこともある、とスラメッは物語る。ジョッキー二人に払うのは普通3千から5千ルピアだが、それよりもクニガン交差点でとぐろを巻いている三人の警官の目をかすめる方がよっぽど多いと告白する。「警官はたった三人だけ。そこを通過する自家用車はいっぱい。大混雑している中で全部の自家用車を調べることなんかできやしないよ。そんなことをすれば交通渋滞がひどくなるばかりだ。」 スリーインワンが始まって以来、乗車人数違反で警官に停められたのはわずか二回だけだ、とスラメッは語る。二回とも和解方式で決着させた。「そんな状況で、時間をもっと増やそうというのか?朝ですらうまくいかないのに、夕方がうまくいくわけがない。朝のスリーインワンを知恵をしぼって違反しているやつは、夕方も同じようにやるに決まってるよ。疑問の余地なしだ。」スラメッは自信たっぷりに意見を述べる。
乗車人数規制エリア制度つまりスリーインワンの時間帯を増やす都庁の計画に驚いたのはスラメッひとりではない。スディルマン通り周辺の民間企業に勤めるヘンドラ・アリフィンも、朝のスリーインワンプログラムが交通状況を改善する方向には役立っていない、と言う。「道路は渋滞しっぱなしでスッキリしない。エリアの中では、ひとりしか乗っていない車が目の前を通っても警官は何もしない。ましてやそれが赤ナンバーの公職高官だったらなおさらのこと。」 ジャカルタ都民フォーラムのコーディネータ−、アザス・ティゴール・ナインゴランは都庁の姿勢を批判する。「朝のスリーインワン政策の見直しをしようともせずに、都庁は16時30分から19時00分までの時間帯を実施時間に加えようとしているが、その新たな時間帯の追加は道路交通の渋滞と混乱をいっそう激しいものにするおそれがある。今でさえ、適切な代替公共輸送機関がないために、車内にひとりふたりしか乗っていなくても、ひとは自家用車を使うことをやめようとしない。いまの交通の混乱を都庁が本気で改善したいなら、スリーインワンを含めたすべての交通プロジェクトやプログラムおよび政策の見直しをまず行うべきであり、バスウエーを含む新たな計画はすべて延期しなければならない。首都の公共輸送事業を破壊し、交通混乱を引き起こすのに大きな役割を担っているのは都庁交通局自身だ。首都の交通問題解決のための代替システム作成に関して都民に問いかけしたことなど一度もない。今回のスリーインワン時間帯追加のように、あるのは目標と詳細のはっきりしない部分的なプロジェクトを打ち上げるばかり。おかげで、施行されるジャカルタの交通整備プロジェクトは、問題のトータル的解決には向かわず、個々の政策がたがいに効果を打ち消しあっている。」
ひとつの政策が世間で賛否両論を生むのは普通のことだ。このスリーインワンの時間延長計画も同じこと。スディルマン通りに勤める西ジャカルタ市クラパドゥア住人、シシリア35歳はその計画を肯定的に評価する。「スリーインワンは悪くないわよ。乗車人数規制の規則を都庁がどこまで本気で執行するか次第。適切な大量公共輸送機関を用意してやれば、ひとは徐々に自家用車から公共の交通機関に移って行くんじゃない?」 元都議会第C委員会議長で、現第D委員会メンバーのアマルラ・アスバ議員も、スリーインワン時間延長計画に賛成だと語る。そしてプログラムの整備改善と大量公共輸送機関設置が急務であると強調している。 本当はスリーインワンの是非が問題なのではないのだ。都民にとっては、ジャカルタから交通渋滞をなくすのにどうすれば良いのか、ということが問題なのである。
ソース : 2003年5月8日付けコンパス
2004/01/04(Sun)
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[ 第201回 スリーインワンという名の両刃の剣 ]
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2003年4月20日は、自動車に乗っている人数での通行制限を行うスリーインワンと呼ばれる交通規制地区を都庁が設けて、いつの間にやら11年が経過した日だ。その間スムーズな交通は実現せず、スリーインワン・ジョッキーという新しい問題を生み出しているというのに、都庁はその方針をさらに続けようとしている。それだけでなく、これまではガトッスブロト通り、スディルマン通り、タムリン通りで朝6時半から10時まで行われていた規制をこんどは夕方4時半から夜7時まで追加しようとしているのだ。
都庁が何をしようと、ジャカルタの交通が休日や日曜日の朝のようにスムーズに流れることは、決して保証されないだろう。ジャカルタの交通渋滞はもはや慢性病となっており、そして問題は総合的な対応の不在なのである。 首都の交通状態の悪化に伴って、さまざまな分析と解決案が投げかけられた。交通渋滞は道路総面積と車両台数のバランスが崩れているのが原因だ、ととらえるひとがいる。道路幅の拡張や新道路建設で問題を解決できると言うのだ。また一部の人は、都庁があまりにもルーズに自動車所有を許可する結果、自家用車の数が増えすぎたので、自家用車の台数を制限するのが渋滞解消の最善策だ、と言う。毎月市場に新車が登場し、ジャカルタの住民がそれを買っているのは、たしかに否定できない事実である。国内では何万台もの四輪車が生産されているのだ。
『自家用車の数を制限するのは妥当性に欠ける。なぜならこれはジャカルタの公共輸送システムが不完全なところから浮上してきた問題なのだから。』と考えるひともいる。もしも公共輸送機関が『安全、快適、時間に正確』となれば、ほうっておいてもひとは自家用車を買わないのではあるまいか。公共輸送機関が現状のようなありさまでは、政府が自家用車の使用を禁止したり制限したりするのは、決してうまく行くはずがない。ましてや自動車業界が、新車にせよ中古車にせよ、自動車購入の便宜をはかっているのが実態なのだから。 自家用車の増加は、都民のふところ具合が良くなったからということの結果ではなく、都民が公共輸送機関の利用に疲れ、げんなりし、安全さも快適さも享受することができなくなっているためなのだ。整然と秩序だった都市開発などどこにもなく、おまけに公共輸送に携わる運転手の傍若無人のふるまいが交通コストを押し上げている。 自家用車ドライバーたちに秩序も規律もないことが渋滞の原因だという議論もある。ほかの車の前に出たいドライバーは、自分のいまいる車線、右側車線、左側車線という三つの車線を使っている。
乗車人数規制エリア制度の延長が話題になって二週間たったいま、スディルマン通りに変化は見られない。午前10時前の道路状況は普段よりも少し空いている。取締まる側を注意して見ていると、ひとりあるいはふたりしか乗っていない車をときおり警官が止めているシーンが見られる。その仕事を手伝うべき都庁交通局職員の姿はどこにもない。結果的に、ひとりしか乗っていない多くの車が、規制エリアにどんどん進入して行く。 そんなドライバーたちが警察に捕まったときの処理をどのように行っているのかよく分からないが、たいていのひとが2万ルピアから2万5千ルピアを警官に渡す『和解方式』を採用しているように思える。規制エリアに入る手前の道路上には相変わらず、乗車人数が三人になるようにドライバーに付き合うサービスを提供するジョッキーの姿がたくさん見受けられる。 取締まりが厳重でないために、規制エリアにゆうゆうと入って行く違反自家用車も多い。警官が見張っているといっても、かれらはガトッスブロト通り、スディルマン通り、タムリン通りの角に立っているだけなのだ。
コンセプトの中でこの交通規制エリア制度は、公共大量輸送サービスの改善とセットにされていた。そうであるなら、公共輸送機関が三つの幹線道路を通る都民の移動の足をもっぱら供給していたはずだ。ところが現実には、11年前に約束された公共大量輸送機関がいまだに実現していない。それはサブウエーからバスウエーへと、先行き不明な転変を続ける話題の域を出ていない。 先週のジャカルタ交通討議会でプラギ・プログラムのマネージャー、ジャック・スマブラタは、乗車人数規制つまりスリーインワンは、首都の行政商業中心地区における人と車の移動のトータルバランスを目指した交通規制政策のひとつでしかない、と述べた。11年前、この政策はトライアルの出だしからとても厳重に開始された。ドライバーも規定を守り、乗車人数が三人になるようにと女中や子供を乗せることまでした。中には道端で同乗者をひろうドライバーもたくさんいた。 そして一年後、この規制エリア制度は、のちにスリーインワン・ジョッキーとして知られるようになるひとたちへの新たなジョブの創出という展開をもたらした。新しい問題というのがそれだ。都庁はかれらジョッキーを、規制エリア入り口一帯にいる社会福祉問題障害者と定義付けた。
規制エリア制度実施前、ラッシュ時間帯における幹線道路上の自家用車内にいる乗車人数は、ひとり45%、ふたり37%、三人10%、四人4%、五人以上4%というものだった。制度開始後14ヶ月たった1993年6月、自家用車の割合は以前の85.9%から69.2%へと減少した。それは公共輸送機関の比率が14.1%から30.8%に増加したことを意味している。 乗車人数単位での車両台数は、規制時間外の三時間で20,658ユニットだったものが、規制時間帯では12,109ユニットへと41.4%減少し、ブロッM〜コタ間13.6キロ(いまは12.9キロになっている)の自家用車による到達所要時間は、規制時間外の43分に比べて時間内の35分という成果を示した。それは時速19.0キロから23.3キロへという平均時速の向上を意味している。 ところが、それらの成果は多くの障害の出現で2002年まで維持されることはなかった、とジャックは語る。規制エリアを避けて代替ルートを求める車がエリア外に大きな渋滞を引き起こしたこと。最低3千ルピアで相乗りサービスを提供するジョッキーの出現。また自家用車が住宅エリアで同乗者を求め、月額1万から2万5千ルピア、あるいは一回3〜4千ルピアの有料サービスを行うようになったことなど。
それらの要因が規制エリアでの自家用車利用増に大きい影響を与え、道路交通の効率は悪化し、政策の実施効果が失われた、とジャックは分析する。 イルザル・ジャマル都庁開発担当補佐官も効果があがっていないことを認める。「朝の規制実施はほとんど効果がない。だが都庁は時間の追加を計画している。従来は朝だけだったが、こんどは夕方の帰宅時間帯にも実施する予定だ。」スティヨソ都知事一行がコロンビアのボゴタへ交通行政スタディツアーに出発するのを一週間後に控えた最終準備ミーティングのあとでイルザル補佐官はそう語った。 効果がないのを知りながら、なぜ時間を増やそうとするのだろうか?ルスタム・エフェンディ交通局長は「効果があがるようにわれわれがしていくのさ。」と答えた。 ジャカルタ都民フォーラム執行部コーディネーターのアザス・ティゴール・ナインゴランは、夕方に規制時間帯を追加しても交通渋滞緩和は実現しないだろう、と語る。朝の時間帯で規定に従わない自家用車ドライバーは夕方も同じようにするはずだ。代替路に入ったり、ジョッキーを使ったり、高速道路を使ったり。大量公共輸送機関を用意して自家用車の使用減をはかるという援護策が伴われないかぎり、規制時間帯を増やすことがどのようなインパクトをもたらすかは想像にあまりある。 2005年首都都市整備総合計画でも、一日あたりの交通量は252万トリップになることが想定されている。交通往来の量的増加は道路への負担をもたらす。既存キャパシティの限界にその負担が近付けば、快適、安全、経済性の欠けた道路交通を生み出す交通渋滞が引き起こされる。都庁が出した首都の持続的開発ストラテジーの中で、交通渋滞のベースになっている問題は交通インフラの増加が自動車の増加に追いついていないことだと概論できる、と述べられている。言い換えるなら、交通渋滞は需要に対する供給サイドの弱さを示すインディケーターだ。 自家用車が公共輸送機関よりも道路スペースを浪費することは認めなければならない。例を示すなら、50人を運ぶのに公共輸送用大型バスが一台あれば可能だが、自家用車でそれだけの人数を運ぼうとするなら少なくとも6台は必要だ。バス乗客ひとりあたりの道路スペース占拠は0.75平米だが、自家用車だとそれが3.3平米になる。道路利用者の公衆道徳レベル、道路インフラ、交通機関の不足不備は別にして、各所の路上で交通渋滞を引き起こしているバックグラウンドがそれなのだ。
ジャカルタの道路行政サービスも憂うべきレベルにある。自動車は年間9%も増加しているというのに、道路面積の増加は5%しかない。1990年の車両台数1,649,037台は1994年に2,252,925台になった。ジャカルタの交通整備は手のひらを返すように簡単にいくものではないし、それはもう壊滅状態だという声もある。首都の交通渋滞緩和のために乗車人数規制エリア制度を継続し、実施時間帯を増やすのは、両刃の剣のようなものだ。 あとはスティヨソ都知事、交通局長、公共輸送事業家たちのボゴタにおけるスタディツアーの結果を待つばかり。混乱のきわみである首都の交通行政を改善し、ジャカルタを人道的な都会に作り上げるよう、戻ってきたかれらの気持ちがまだフレッシュなあいだにリマインドさせる必要があるだろう。もはや俄仕立てで断片的な交通整備コンセプトを産み落としているときではないのだ、と・・・・。
ソース : 2003年5月8日付けコンパス
2004/01/01(Thr)
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