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☆- 現代インドネシアの覗き窓 -☆
翻訳 西祥郎 

(2003/11)


[ 第190回 宗教、文化、ポリガミ論 ]
ポリガミ行為は人類文明と同じくらい古い。古イスラエル史には、ソロモン王(預言者スライマン)が妃7百人、側室3百人を持ったと記されている。ダビデ王(預言者ダウド)は妃6人と何人もの側室を持った。イスラム社会の公的な歴史にはたくさんの妻を持った人物が何人か記されている。ムグヒラ・スエバはその生涯で80人の妻を娶ったし、ムハンマッ・タイブは9百人の妻を娶り、イスラムに黄金期をもたらしたアッバス王朝の偉大なるカリフ、ハルン・アルラシッは一千人を超える自分の側室を収容する巨大な建物を造ったと歴史に記されている。昔のジャワの王たちも似たようなものだ。

それらの事実は、実はポリガミが文化と近い関係にあることをわれわれに悟らせてくれる。ポリガミは宗教教義との関係よりも、経済や権力アクセスとのつながりのほうではるかに頻繁に見出される。いま宗教を理由にポリガミを行っている者は、本当は宗教をその正当性の根拠に使っているのである。つまりそこでは宗教を根拠として機能させているのだ。イスラムをはじめとする宗教機構は一般的にそのような傾向をもっている。当初は文化を担いでいた歴史記録は、作り上げられた知識のカテゴリー化を経て宗教論へと移行する。イスラムにおいてそのプロセスは、ウルマルクルアン、ウルマルハディス、ウスラルフィッ、フィッなどのような知識原理の構築と時を同じくして構造化されている。

ポリガミ論争において正当性を争うふたつのグループの主張を追って見ると、実は同じアルクルアンのひとつの項、つまりQSアンニサ(4)第3項の解釈を互いに論争していることがわかる。ポリガミ賛成派は最大四人まで妻を娶ってよいと主張するが、反ポリガミ派は、ひとりより多いと公平な姿勢がきわめて困難だということの帰結から、妻はひとりだけ(モノガミ)という奨めを固持している。神学的正当性を求める似たような傾向は、たとえばもともとポリガミを容認していたカトリック教会が後の1866年になって法王レオ13世が従前からの見解を変更し、ポリガミを禁止して今日に至っているように、確かに存在するものだ。反対にアメリカのジョセフ・スミスが1840年代にはじめたモルモン教の信徒たちは今日までポリガミを行っており、それどころかポリガミはほとんど義務とされている。アメリカ合衆国政府が定めた反ポリガミ法に対して1882年、モルモン教徒は激しい抗議を展開した。

われわれはここで、われわれの宗教理解を解体してみる必要がある。教義の源泉と従来みなしてきた聖なる書物の宗教的章句の中にある人間の物語りを、人間の文化プロセスに関する記録の一部へと移行させてやる必要がある。その聖なる書物の宗教的章句にある物語りが神話として編まれていることをわれわれは悟らなければならない。それはつまり、人間的世俗的な新しい歴史的行動プロジェクトを刻む集団にとっては、集合意識プロセスをその中で物語る議論となるのである。

ポリガミに反対する女性活動グループは少なくないが、ポリガミ賛成派が述べる宗教論争に応じるさいに反動的になっているのは残念だ。かれらは追い詰められながら、イスラムにおける正当性は、本当は反ポリガミだと主張する。つまり女性活動家たちはまだ、宗教を正当性の根拠と理解している人が多い。そうであるなら、われわれは回教暦2世紀(紀元8世紀)に始まったイスラム宗教論争生産期に戻っていることになる。われわれは宗教物語りが神話物語りであるとの合意に傾いているというのに。


聖なる書物に記録されている人間文化プロセスが、現代生活におけるわれわれの絶対規準となるべきではない。また、預言者たちが生きた時代(宗教発生の初期)の正義のスタンダードで今のわれわれのような現代人の正義を測るのは、つりあわないことだ。
この見方は多分、宗教論争問題の解決が現代性というコンテキストで預言者の歴史を新たに解釈する勇気の有無に集束していると考えるリベラル層の見方と対立するだろう。そうではなく、わたしの考えは再解釈とはちがって、聖なる書物に記された預言者時代のできごとを、自然で人間らしく解説しようというのである。

ポリガミ問題の場合はそのようにして、女性運動の中で不公正な実話を前面に押し出すべきだろう。反ポリガミを語る章句の正当性を求めるための宗教議論に走るのは、新たな宗教による神聖化という形に戻ることを意味している。展開しようとしている宗教論議批判は、聖なる書物の章句、預言者やその友人たちの歴史などにおけるポリガミ議論をなぞる位置に置かれるとき、適切なものとなる。しかしそれは、突如としてイスラムは本当は反ポリガミなのだと主張し、そう結論付けようとする宗教論議の複製を作るためではない。

社会フェミニズム、ポスト構造派フェミニズム、ポストコロニアルフェミニズムなど諸活動グループにとって問題の中心として進展している正義論は、この問題をもっと深く探るための元手を提供するものだ。反ポリガミ問題を世間に投げかけたいなら、ポリガミが女、子供、家族に不公正をもたらすものであることを女性運動グループは証明しなければならない。女性たちの体験に根ざした、ポリガミ罪悪論をサポートする社会的事実の解明は、宗教を通した反ポリガミ議論の複製に比べてはるかに力を持っている。
ポリガミ行為者たちの行動が女性に心理的、生理的、経済的、社会生活上の苦難を与えていることを証明するリサーチは、ポリガミが女性への蹂躙を招いているということについてのきわめて合理的な像を描いて見せるだろう。おまけに父が行うポリガミで、子供が社会生活上の問題や心理的トラウマに直面するという別の問題もあるのだから。

締めくくりとして、インドネシアの女性運動は言うまでもなく、この問題の対応に細やかな目配りをしている。おまけに女性運動の中には、反ポリガミ規定を国のレベル(たとえば地方条例)にあげようとしている。しかしその前に、アメリカ、日本、あるいは明らかにはるか以前にそんな規則を提起したカトリック教会などが歩んだ道を真剣に調べることが必要だ。そのようにして展開される運動が、われわれの社会問題として実質的な内容を持ち、また反動的という印象を与えないものとなるのだから。


ソース : 2002年9月16日付けコンパス
ライター: Suhadi  社会イスラム研究院スタッフ、ジョクジャ在住
2003/11/30(Sun)


[ 第189回 イドゥル・フィトリ、ハラルビハラル、敬神社会 ]
イドゥル・フィトリとは神聖さ、つまり本源に戻ることを意味している。人間創造の本源は神聖なのである。しかし歴史の歩みの中で人間はいつも罪にまみれてきた。だから創造時の原初の状態に戻ろうとすることが肝要なのだ。それがイドゥル・フィトリの意義だ。

人間がもっともたくさん犯した罪は、大きいものであれ小さいものであれ、同じ人間に対するあやまちである。些細なことがらに起因して、人間同士の間で敵対し、抗争し、そして殺し合いに至る。イドゥル・フィトリは、人間同士が個人としてまた集団として、互いに赦し合うモメンタムとなる。その互いに赦し合う文化は、ハラルビハラルという名称で呼ばれるのが一般的だ。もともとイスラム界の専有物だったものがいまや国民的現象となり、すべての社会の所有物となり実行されている。非ムスリムも例外ではない。イスラム教義の使命が持つ包容性に合致していることから、その現象は自然なことなのである。

インドネシア語大辞典 (Kamus Besar Bahasa Indonesia) に記されているように、ハラルビハラルとはルバラン日に互いを赦し合う行事だ。この言葉はイスラム信徒だけのものであるルバランの行事に関連しているため、イデオロギー的プライモーディアルなつながりの存在を明白に示している。どうであれルバランは、ラマダン月のまる一ヶ月間、精神を束縛するさまざまな欲望に抵抗するのに成功したイスラム民衆の勝利の祝典なのである。そのコンテキストにおいてルバラン勝利のお祭りは、プアサならびに信仰心を基盤に持つイスラム民衆だけにそれを自分のものとする権利がある。
しかしハラルビハラルはイスラム民衆だけのものなのだろうか?タフシル専門家クライシュ・シハブ博士によれば、ハラルビハラルはアラブ語「ハラル」の繰り返しが「ビ」という接続詞をはさんでいる複合語だ。(シハブ、1992:37)
アラブ語に由来するとはいえ、アラブ人自身の中でそれを教えてもらった者以外にその本当の意味を知る者はいないだろう。なぜならそれはインドネシア独自のものであり、インドネシア人の創作したものであるためだ。

アルクルアンの中でハラルの語には二つの意味が盛られている。ひとつはイスラム法で意味付けられる、ハラムの反対の「許される」というもの。もうひとつは「糧を得るあるいは食事を摂る」という理解を有するもので、それは常に「善で喜ばしい」を意味するタイブという言葉に結びついている。それはたとえば、離婚あるいは夫婦のつながりを終わらせることを意味するタラッのように、時にハラルであっても悪しきものが存在しうるためだ。預言者はタラッを「ハラルだが嫌われる(つまり悪しきもので喜ばしくない)」と明言している。
つまりここで規準とされるにふさわしいハラルとは、善で喜ばしいものなのだ。「敬虔なムスリムにとって、あやまちを犯したときは少なくともその行為を認識してあやまちに対する赦しを請い、そしてそれを繰り返さないことを約束する。怒りをこらえて赦しを与え、他人に対して善行を施す。」とアリ・イムロンの書134−135の中に明示されている。
そうであるなら、ハラルビハラルは、禁じられていない上に善で喜ばしいものを包含する行為を通じて相互に作用し合う人間同士の関係と意味付けることができる。もっと哲学的に敷衍するなら、善で喜ばしいこと以外は何もしないという個々人への要求だと言える。すなわちハラルビハラルにおいては、口で言ったりグリーティングカードに書いたりして赦しを与えるだけでなく、ハラルビハラルに招かれたひとにとって善で喜ばしい行為がともなわれなければならない。
そこからも理解されるように、互いに赦し合い、他者に善行を施す必要性は、ルバランのときだけ生じるものでなく、それらが時間や空間にとらわれるものでないため、いつでもどこでも必要とされているのだ。ましてや偏狭なイデオロギー的プライモーディアルな精神がそれを制限するのはまったく適切でないと言える。

上で述べたハラルビハラルの意味に立つなら、ハラルビハラルのモラル上の要求はたいへんユニバーサルなものであり、フォーマルなイデオロギー的理解におけるイスラム民衆だけのものに限られない。


敬神社会
上で説かれたハラルビハラルの意味はもちろん、とても哲学的で理想主義的だ。なぜなら現実には、自分を囲い込んだそれぞれの宗教信者たちがその中でハラルビハラルを行っているという印象が明らかに見られるからだ。国政高官や貴族たちの宴となったハラルビハラルには特定の招待者が招かれるだけであり、辺縁へと疎外された集団が招かれることはない。
おまけにハラルビハラルは往々にして、豪勢な食事や豪奢な衣装をまとった列席者が富を誇示する場となっている。だから豪奢な衣装を持っていない者は招待されても出席を恥ずかしがることになる。更に特定組織や宗教セクトのみに制限して行われる排他的ハラルビハラルもある。
そうであるなら、ハラルビハラルの意義、機能、その表明などに対する集団的な再解釈と再認識がなされる必要があるにちがいない。方法は容易でないだろうが、思考力を持つ生物としての人間に多くの教訓を与えた歴史の現実や聖なる書物に由来する論点に対する包括的な理解を通して、自己認識からスタートすることは可能だ。理解とは言うまでもなく現実の行動をともなっている。アルクルアンの中では、『人間はひとりの男とひとりの女から作られ、さまざまな民族や種族になった。民族や種族は自身を自慢しあうためでなく、互いにシラトゥラフミを行い、知り合い、そして互いに赦し合うためだ。』と明記されている。(QS、49:13)
さらに言明されているのは、『人間の間でいちばん優れている者は、種族や民族のゆえでなく信仰のレベルのゆえである。信仰は善行を通して獲得される。有徳の善行は敬神的な社会を作るためである。』ということで、これはつまり個人の信仰でなく社会全体における信仰なのである。

敬神社会というコンテキストの中で、人間同士のあらゆる相互作用の形は、物理的であれ非物理的であれいずれの姿においても平等的一体性や人道性に加えて神性を擁する意識に基づかなければならない。人間の相互作用に倦厭感や恥辱感をもたらすプライモーディアルな精神は捨て去らなければならない。
人文社会的論証においても、相互作用は公理化されている。人間は社会的な生き物と呼ばれているではないか。調和した社会を望むとき、もしお互いの間でいさかいや誤解が生じても、搾取のない、互いに尊重しあい赦し合う原理に基づく相互作用がそこになければならない。たとえば圧制的搾取的だった古代エジプトや社会主義を自認しながらその実現にはきわめて反社会的であった共産主義などのような、その原理に従わなかった社会がどのような結末を迎えたかは歴史が教えてくれる。アフマッ・シャフィイ・マアリフの言葉を拝借するなら、ユニバーサルなヒューマニズムに対してなされたあやまちと罪のゆえに、個人であれ集団であれみんな歴史の絞首台にぶら下がっている。そして神性と人道的倫理を否定して資本の成長のみ志向する資本主義社会も近々そのあとを追うにちがいない。

さまざまなプライモーディアル的利害、つまりいかなる名のもとにせよ圧制的で搾取的な利害、に囲まれ、利益抗争から係争や戦争に至る争いに満ちた社会の中で、ハラルビハラル文化を擁するイドゥル・フィトリが、その本質的な意義が失われることなく、コンテキストに合致したありかたで実行されるのを条件に、清涼感、調和、あるいはその他の人道的治療薬をもたらしてくれることが期待されている。


ソース : 2003年11月21日付けコンパス
ライター: Abd Rohim Ghazali  ムハマディヤ青年センター指導部事務局長
2003/11/27(Thr)


[ 第188回 帰省ミステリーにおける人類の軌跡 ]
フィトラ(訳注=本源に回帰すること、ここではイドゥル・フィトリを指している)祝祭日における帰省慣習の宗教的根拠が不明瞭であるという事実さえ、ときに襲ってくる死すらかえりみない帰省者の熱意をそぐにはいたらない。この国の民衆大多数の宗教意識は宗教教義の神学的規範的ルーツを超え、取り立てて何という認識すらなしに、なるがままに突き動かされているようだ。
帰省の慣習と教義の背景となるべき神学上のミステリーが、フィトラ祝祭日の帰省者たちに一種のアルコール中毒症あるいはエクスタシー状態、つまり根拠となる神学的文典の存在への関心もない「神的恍惚」と呼ばれる社会的状況を体験させている。


帰省の慣習に従来から関連付けられてきたイスラム教義は、シラトゥラフミ(愛を結びあうこと)の教えと、他者に対してあやまちを犯したことを悟った者が赦しを乞うことに関する教えだが、しかしながらシラトゥラフミとあやまちに対する赦しの懇請に関する教義は、一年一度のフィトラ祝祭日に限定されたものではない。同様に、親や年長者に対して奉仕することの教えも一年に一度行われるものでなく、まして特にフィトラ祝祭日を選んで行われなければならないものでもない。
フィトラ祝祭日の名称自体が、その日に余裕のあるすべての者に対してイスラム法で義務付けられているフィトラ喜捨に関する教義に由来している。フィトラ喜捨を納める義務は、男にも女にも、大人にも子供にも(子供の分を納めるのは親だが)、すべてのムスリムに適用される。喜捨として納めるのは祝祭日に所有している食べ物の一部であり、米2.5キログラム相当とされている。その食べ物の一部は、それを納める義務を負う者がシャワル月1日のイドゥル・フィトリ祝祭つまりフィトラ祝祭の礼拝場所へ行く前に、貧困者のみに与えられることになっている。

ラマダン月の終わりにムスリムはみんな、自分がフィトラすなわち本源性あふれる日にたち帰ると信じている。その特異な日とは、歴史が始まる前の先史時代、つまり最初の人間が創造プロセスを経てこの世界に出現したときの状況と類似した日であると信じられている。そんな本源的な状況の中で、最初の人間つまり人類のルーツとしてのアダムがはじめて神によって創造されたのだ。一方で人類史の萌芽には、アラーが人間を創造したと同時に、天使の批判と悪魔の抗議が影を落とすことになる。


イドゥル・フィトリ祝祭日つまりフィトラ日の帰省の慣習は、この篤信の国が抱える多くの社会問題解決のためにもっと機能的に取り扱われるなら、意義深いヒューマニズム的価値をたくさん導き出すことができる。この帰省慣習におけるヒューマニズム的価値こそ、さまざまな社会、経済、政治、倫理問題の解決において、より生産的な目的をめざして宗教エリートたちが掘り起こすべきものなのだ。
反対にこの慣習が異常な浪費行動を生み出す非難されるべきさまざまな行為の引き金となるのも稀でない。そのような傾向は預言者ムハンマッSAWの時代からすでに現われており、そのためにルバランはきれいな服を着た者のためでなく、敬神意識が増す人のためのものだ、というハディスが出されている。

神学的ルーツやドクトリンの源泉が不明であっても、ルバラン帰省はこの一千諸島の国にだけある、ミステリアスで超巨大な儀式進行なのだ。その儀式進行は神学ドクトリンを超越した多くの意義を含んでいる。数百万の人間がラマダン月の最後の日々に一斉に移動するのはまるで足跡をたどること、つまりこの世に出現する元にあった出自からの軌跡をなぞるようなものなのだ。帰省を通して歴史はあたかもリサイクルし、リフレッシュし、そして一年先の歴史の歩みの新たな息吹と魂を作り出すために闇を照らそうとしているようだ。それらの儀式は、人間がフィトラの価値を再び手に入れることを期待して、ラマダンの終わりが来るたびに繰り返される。


フィトラ祝祭日の帰省を通して数百万のひとびとは、sangkan paraning dumadi(訳注=この世に来たりし根源と、この世からの行き着く先)についての自己意識を更新しようとしている。アイデンティティを失わせ、自己の出自を忘れ去らせていた、仕事や社会的経済的な必要性を満たすためにこれまでいた場所を去って、自己の本源的な場所へ向かう移動である、とあたかもその儀式は表明しているようだ。どこから来てどこへ行くのか(sangkan paraning dumadi)という意識はジャワ人の場合と同様、イスラムやすべての宗教信者の生活に中心的位置を占めている。そこから、帰省の根拠を求めるのが困難なイスラム教儀の神学的ルーツよりもはるかに強い生の根源意識が表出している。
だから、国民のほぼ半数を貧困者にしたここ5年間の政治経済クライシスがルバラン帰省者の数を減らすことはないのだ。反対にクライシスとカオスという情勢がむしろ、大都市から中には数千キロも離れた故郷に数百万の人間が怒涛となって流れるのを推進する帰省需要増強の元となっているかもしれない。かれらはあたかもこれまで置き去りにしてきた生の中心に再会しようとしているようだ。帰省者はきっとそれがために、障害、困難、出費などをかえりみないのだろう。時に道中の交通事故で生命を犠牲にしなければならないような儀式の進行を、あたかもかれらは行っているかのようだ。


毎年行われているように、数百万の人間が大都市から他の町や村落に、ジャワ島外からジャワ島に、あるいはその逆の方向に移動する。シャワル月1日つまりフィトラ祝祭日の数日前から2億を超える人口のほとんどすべてがまるで無意識のうちに、自動的に儀式の進行をはじめる。最悪の場合、ひとの生命を呑み込むのも稀でない道中の事故に出会うかもしれないといったさまざまな困難も帰省を引き止める障害にはならず、それどころかそんな困難はルバラン帰省に薬味を添える話しにされる。この一千種族の国における帰省慣習はまた、きっと唯一のもっとも大規模でもっともユニークな、そして同時にこの世界で二つとないミステリアスな人間大移動なのだ。

帰省者が故郷で得るものは、その出費などとは比べものにならない。直面する道中の障害や難渋で帰省者が懲りることもないために、かれらは翌年も同じ障害や難渋に直面しながら同じルートをたどる。
故郷の家族や親戚、幼いころの友人との間でのシラトゥラフミで帰省者が得る果報は、宗教が命ずる祝祭日礼拝やシラトゥラフミから得られるものとは比べようもないにちがいない。イスラム信仰者はシラトゥラフミを行う義務があるが、ルバラン日に限定されてはいない。一方でシャワル月1日の礼拝、タクビル、タフミッ、タスビなど宗教上の勤めは、帰省者の意識にほとんど上らない。それらの勤めは法的には義務でなくスナッであり、つまりそれを行う者には功徳が与えられるが、行わない者に罰は与えられないものなのだ。

ルバラン日に行われなければならないアラーへの勤めは、その日の食べ物に余裕がある老若男女すべての者がひとりあたり米2.5キロ相当のフィトラ喜捨を行うこと。フィトラ喜捨は、相手がムスリムかどうか、アバガンかサントリかなどといったことを一切無視し、すべての貧困者に分配される。皮肉なのは、数十万ルピアの費用をかけるルバラン帰省者の多くがフィトラ喜捨を行っていないと推測されることだ。もっと悲劇的な皮肉は、同一宗教、同一集団の中の貧困者だけにフィトラ喜捨が分配されるケースだ。現世生活の福祉を目指して宣教されたイスラムドクトリンも機能を失っている。
この帰省慣習におけるイスラムの機能不全のせいで、ここ5年間のクライシスに打ちのめされて貧困とコンフリクトの泥沼に落ちた国民が総額で何兆ルピアにものぼる支出を喜々として行っている。仮にルバラン帰省者が全人口の半分で、平均ひとり10万ルピアを帰省費用に使うとすると、国全体での支出は11兆ルピアに上る。新しい衣服を買い、各家庭での菓子や帰省者が目的地に着いてから地元の交通機関を使ったりする費用をそこに加えれば、11兆は数倍に膨れ上がる。
貧困者を除くすべてのイスラム信仰者にとっての義務であるフィトラ喜捨は、1.6億人 x 6千ルピアでおよそ1兆ルピアとなる。より機能的生産的なマネージメントシスムでの運用を通して20兆を超える帰省とフィトラ喜捨の支出は、この儀式の価値を減じることなく社会的な目的に活用されることが可能だ。問題はどのようにして帰省の慣習を変え、フィトラ儀式の慣習を再機能化して生産的行動に変えるかだが、宗教が言葉通り神への勤めであり儀式であると理解されている現状でその答えを得るのはほぼ不可能だ。

イスラムではタウヒッ学やフィキ学の中に編まれている神と儀式に関する神学的分析は、往々にして歴史や人間の問題に結び付けられていない。そうして神学は実際には神自身にとって無用な、人間が神をどのようにたてまつるか、それどころか神をどれだけ甘やかすか、ということについての教えと化している。本来、人間のために預言者たちに下された神の啓示は、その啓示から編成された宗教教義構築のさいに意義と機能が失われ、宗教の名において権力者や宗教エリートがかぶる利益の仮面となっている。
それゆえに「宗教は神が神自身のために下したものか、それとも世界の歩みと人間のためのものだったのか?」という疑問に対する答えは、もし宗教と神が物語りのための美しい過去のストーリーとされるだけとなり、また歴史における人間生活ともはや無縁のものとなることを望まないのであれば、たいへんに重要なものである。


ソース : 2003年11月22日付けコンパス
ライター: Abdul Munir Mulkhan  スナンカリジャガ国立回教学院教授
2003/11/24(Mon)


[ 第187回 コンシューマリズムからセックスエクスタシーまで ]
ポリガミ実践者に対するポリガミ・アワードは女性解放のターニングポイントだ。そのような表彰はポリガミへの欲求を駆りたてるものであり、預言者ムハンマッが示したジェンダー差別に対する批判はすでに誤った意味付けがなされてしまっている。プスポ・ワルドヨは、ポリガミは預言者ムハンマッの道「スンナ」だ、と誇らしげに言う。
プスポのような人間は多い。かれらはアルクルアンのアンニサ第三章の句とムハンマッのポリガミ実践の実例を正当さの根拠として採り上げる。そのようにしてポリガミ支持者はアルクルアンとスンナを高く奉じていると主張するのである。しかし本当にそうなのだろうか?

実際のところポリガミ支持者は、アルクルアンとハディスという二つのナッシュの本質をとらえることを怠っている。それらの読解をあまりにも単純化しすぎたためにそのような結論が導かれたのだが、その文脈におけるポリガミの真の位置付けはどうなのだろうか?
預言者ムハンマッは往々にして言われているようなポリガミの先駆者ではなく、反対にポリガミを批判している。たとえば友人たちが8人から10人の女を妻にするのを知ってかれは、4人だけを残してほかの妻を離縁するよう勧めている。ギラン・ビン・サラマ・アツァカフィRA、ワハブ・アラサディ、カイス・ビン・アルハリッたちがムハンマッにそう勧められたのだが、それこそ明らかに、従来まったく無制限だったポリガミの習慣に制限を持ち込む行動だったのだ。
また別の折には、自分の娘ファティマ・ビンティ・ムハンマッの夫アリ・ビン・アブ・タリブRAがポリガミを行おうとしているのを知って大いに怒り、即座にモスクに入って説教台に上ると陳べた。「ハシム・ビン・アルムギラ一族の数家族は、その娘をアリ・ビン・アブ・タリブに娶わせるためにわたしの許しを請うた。皆に言う。わたしは許しを与えない。もう一度言う。わたしは許しを与えない。アリ・ビン・アブ・タリブがわたしの娘を離縁しないかぎり、わたしは決して許しを与えない。離縁させたならば、どうぞかれらの娘と結婚することを許してあげよう。皆に言う。わが娘はわたしの一部分だ。娘の気持ちを悩ませるものはわたしをも悩ませる。娘の心を傷付けるものはわたしをも傷付ける。」(ジャミアルウスル、ジュス]U、162、ハディスNo.9026)
ポリガミの制限はこのような形でポリガミの完全禁止に向かう。それがQSアンニサ第三章のほんとうの意味、つまりポリガミの禁止なのだ。なぜならその章で要求されている公平な姿勢は、人間にはなしえないことなのだから。


セックス・コンシューマリズム
ポリガミは人間の歴史と同じくらい古い。イスラム教がポリガミを紹介し、それを奨励しているという考えは間違っている。紀元前5世紀のユダヤ人、シリア人あるいは古ユダヤの諸種族はポリガミの習慣を持っており、社会的有力者がそれを行っていた、とMアリ・ハサンは述べている。ムスフィル・アルジャフラニは、当時のポリガミは王や権力者にとって見倣われるべき神聖な行為と信じられていた、と言う。
つまり歴史の中でポリガミは権力シンボルに結び付いていた。一般大衆より上位の社会ステータスをポリガミを行う男は持っていた、ということをそれは意味している。王や貴族の妻は数十人から数百人に達するものだった。
これがポリガミを通して社会ステータスを表現する『セックス・コンシューマリズム』文化である。かれらは愛したりいつくしむために女を娶るのでなく、貴族性という社会ステータスのシンボルとしてポリガミを使う。そのために結婚から神聖な価値が失われる。イブヌ・アラビが描くように、結婚は神性発露のクライマックスとならず、それとは打って変わって、セックス・コンシューマリズムは神に至る道を妨げる壁を厚いものにするのである。

ボードリヤールが提起したものもこの分析と同じ音色。つまりコンシューマリズム文化とは、物質的文化のやりとりだけでなく社会的意義の闘争が行われる舞台となるものなのである。そのパースペクティブにおいて、物を持つことは社会ステータスを表現する媒体となる。現代人が高級車や豪邸、話し方、ライフスタイル等々でそれを表現するとすれば、イスラム以前に生きたユダヤ、シリア、バビロニアのひとびとはポリガミでそれを表わしたのだ。
セックス・コンシューマリズム文化という文脈でのポリガミは、その実践者がより高い社会ステータスを持っていることを皆に知ってもらうためのシンボリックなコミュニケーションとなる。この種のコミュニケーションはもちろん、相当に有効だ。というのは、特定の物体に宿っているパワーの存在を信奉する時代時代のフェティシズム文化によってサポートされているためであり、こうしてかれらはポリガミ実践者が持つ社会的意義を確信するのである。


セックス・エクスタシー
現代という文脈の中では、プスポ・ワルドヨが行っているようなポリガミは、セックス・コンシューマリズムというよりもセックス・エクスタシーと呼ぶほうが当たっている。「欲求」は正当なもの(シラ誌No.20/V/Juli2003:33)という表明の中で、生物的欲求はポリガミの中に放出してよいということをプスポは伝えたいようだ。「いつも快楽の頂点を追求し、現代人はいまや欲望の充足を祝っている(フェリックス・グアタリ、1981)」そんなエクスタシー・ソサエティをプスポのその表明は反映している。
欲望と快楽の頂点はかれらの生の目的となっており、かれらを毎日快楽の頂点(エクスタシー)に誘うことができるために、その口から頻繁に放たれる表現が「ポリガミは美しい」というものであるのは不思議なことではない。

セックスを結婚の重心にすえ、結婚において脳裏に満ち満ちているのが「オスの欲求」であるというセックス・エクスタシー文化の形がそれだ。セックス・エクスタシー文化は、欲望充足ツールとしてのみ扱われる受難の対象物の位置に女を置く。精神主義を立ち上がらせる現代人のやりかたがこれなのか?多分イエスなのだろうが、精神主義は見せ掛けでしかない。
セックス・エクスタシーは結局のところ人間を欲望の奴隷にするために、人間としての主体的クオリティは沈下してしまう。人間はもはや行為の主体者ではなく、欲望の被支配者になってしまうのだ。


ソース : 2003年8月4日付けコンパス
ライター: M Hilaly Basya  Prof Dr Hamkaムハマディア大学社会学政治学教官、アルアズハル青年イスラミック研究クラブ調査員
2003/11/21(Fri)


[ 第186回 ジャカルタとアジア諸都市の物価レベル比較 ]
お金をたくさん持っていて、ショッピング好きで、おまけに外国にまでショッピングに出かける『あなた』。いまやあなたにとっては、検討項目がいっぱい!アジア諸都市の物価レベルはもちろんそのひとつ。

あるときあなたはある国で、ここはショッピングが安くできると感じるだろうし、ほかの国ではその同じものが高いと思うだろう。ある都市では、ある物は価格が安いが、ほかの物は高いと感じるかもしれない。一方、ある都市では去年さまざまな商品が安いと評判になったのに、今年は消費者の懐を慰めてくれる商品はもう売られていないかも知れない。

ある国における市場開放のレベルが商品の価格レベルに反映されているということをも含めて、そのようなバリエーションを解明してくれる調査がある。アジアウオールストリートジャーナル誌がアジアの12都市で今回二度目の、ショッピングセンターにある商品とサービスの価格調査を行った。調査結果は商品カテゴリーのその都市における価格レベルが、全対象都市で集められた価格の平均値に対してどのくらい離れているかという対比で表わされている。今回ニューデリーでの調査が取り消されたのは、およそ50の調査対象商品の中でわずか5つの商品しか見つけることができなかったからだ。
調査対象とされたのは、家電品、書籍、化粧品、デザイナー商品、飲食品、時計装身具からインターネットアクセス料金やドライクリーニングに至るさまざまなもの。それらの対象商品は概してブランド品から成っている。ちなみに香水・化粧品カテゴリーの中には、クラリンス・ビューティフラッシュバーム、バイオサーム・ハイドロデトックス・デイリーモイスチャライジングクリーム、ラルフローレン・ロマンスEDTなどが含まれている。
規準はアジア諸都市における価格の平均値だ。この調査結果は次ぎの表1と表2に示されているが、これは消費者物価指数を示しているのでなく、国別の価格レベルを描き出すものだ。表1はカテゴリー別都市別の比較を示すもの、表2は全商品カテゴリーの国別平均値を比較したものだ。

表1
電気製品・コンピュータ  最高シドニー(19%)  9位ジャカルタ(−4%)  最低シンガポール(−8%)
書籍・メディア  最高東京(32%)  3位ジャカルタ(12%)  最低クアラルンプル(−18%)
香水・化粧品  最高ジャカルタ(29%)  最低シンガポール(−12%)
デザイナー商品  最高上海・シドニー(11%)  4位ジャカルタ(2%)  最低香港(−12%)
飲食品  最高東京(29%)  5位ジャカルタ(7%)  最低マニラ(−29%)
時計・装身具  最高東京(20%)  3位ジャカルタ(11%)  最低上海(−24%)
その他  最高東京(37%)  5位ジャカルタ(−7%)  最低クアラルンプル(−34%)

表2
2003年            2000年
東京(19%)          東京(19.8%)
ソウル(10%)         ソウル(13.7%)
ジャカルタ(7%)        上海(10%)
香港(3%)           シドニー(2.9%)
バンコック(−1%)       バンコック(1.8%)
シドニー(−2%)        ジャカルタ(0.19%)
上海(−3%)          マニラ(−0.2%)
台北(−6%)          ニューデリー(−1.4%)
シンガポール(−6%)      台北(−3.3%)
マニラ(−9%)         香港(−8.4%)
クアラルンプル(−11%)    シンガポール(−14.2%)
                 クアラルンプル(−14.4%)

2000年のジャカルタは安いほうから数えて7位だったが、2003年は9位になった。
「ほかのアジア諸都市に比べると、ジャカルタは価格高の街だと思う。」小売企業のマネージャー、イルファン・クリスタントはそう言う。アジアの諸都市へ頻繁に出かけるかれにとって、価格比較は難しくない。ジャカルタで2千万ルピアする、ある有名ブランド腕時計を例に取れば、香港だとそれは1千4百万ルピア前後。高額商品の規準は有名ブランド品だ。
「ブランド品について言えば、ジャカルタは価格の高い都市に入る。一方ありきたりの家庭雑貨を比べれば、ジャカルタは価格の低い都市だ。ここ2年来の庶民の購買力低下がそのような商品の平均的な価格低下を引き起こしている。」


価格の点を言うなら、クアラルンプルはショッピングファンを引きつける街だ。2000年も2003年も、この調査でクアラルンプルが一番安い都市となっている。1998年、ほかの国と同じようにマレーシアもクライシスに襲われた。国内各所での商業エリア建設は33億ドル相当が一時的にストップしたが、三年前に大型モール三軒が完成して多くの商店が店開きした。
「かつては見つけるのが困難だった有名ブランド品が、今ではそれらの店に陳列されている。」というビル建設者・ショッピングセンター経営者協会リチャード・チャン会長の言葉を同誌は引用している。
同時に店舗テナント料金が下がったために、小売商人がショッピングセンターに殺到した。政府も関税や諸税の大幅減税を行った。たとえば皮革製品の関税は20%下げられた。一方コンピュータや周辺機器の関税は10〜30%の低下。

この調査で興味深い点がいくつかあげられる。2000年には廉価3位にいた香港が今回の調査で8位に下がった。一方前回10位にいた上海が今回は6位に上昇している。
インターネットやドライクリーニングなど、その他カテゴリーの価格も上海は(−31%)と安い。クアラルンプルにとって上海は、今のポジションに取って代わる可能性を秘めた手ごわい相手だ。上海は将来最も魅力的なショッピング都市になるかもしれない。


同一商品が場所によってどうして価格が異なるのか、という疑問が出されるに違いない。価格差を引き起こす最大のファクターはまず政府の課す税金。高い税を課す政府は自国の街を価格高にする傾向がある。たとえばルイ・ヴィトン製品が香港より中国で高いのは、中国政府の課税率が中国で大きいからだ。
だがそれ以外にも、価格を高くするファクターはある。為替レートの変動、通商バリヤー、運送コスト。あるいはまた別の重要なファクターとして、ショッピングセンターの地代家賃もあげられる。香港、東京、上海の地代家賃はクアラルンプルより高い。しかし実は、商品の価格レベルはその社会の購買力で決まるという説もある。
「その街での消費者購買力が、ほかのファクターに増して価格決定の重要因子となる。」ロンドンに本拠を置くエコノミスト・インテリジェンスユニット編集長、ジョン・コペステークの談だ。

消費者にとって上の表2はあまり興味深いものでなく、各商品カテゴリーを示す表1の方にはるかに興味が湧くことだろう。コンピュータを買いたい人は、シンガポールへ行くのがよい。だってそこが一番安い電気製品ショッピング都市なのだから。一方、香水・化粧品の購買者は決してジャカルタへ来ないだろう。なぜならそこが価格のもっとも高い都市なのだから。


ジャカルタの各所にショッピングセンターを林立させてきたデベロッパーたちは何を考え、そしてかれらの脳裏には何が浮かんでいたのだろうか?ここ2年ほどの間に、チランダッ、プルマタヒジャウ、マンガドゥアをはじめあちこちの場所にショッピングセンターが建設された。ところがこの調査によれば、ジャカルタは価格高の都市であり、ショッピングの魅力があるようには見えない。別の面からも、多くの事業家が嘆いているように、庶民の購買力はまだ低く、ショッピングへの駆動力はまだまだ弱い。これは例外現象なのだろうか?

飲食品事業者連盟のトーマス・ダルマワン会長は、クライシス後短期間で急速な発展を見せたジャカルタでのショッピングセンター建設の状況に首をかしげる。
「世の中の購買力のアップと同期していないこの展開に、わたしは不安を感じている。」と同会長は懸念を表明する。
食品産業界にとっては特に、食品を扱うショッピングセンターや商店の増加は販売増につながるものだが、世の中の購買力が上がってこなければそれらの販売ポイントで長期在庫が発生するかもしれない。賞味期限を超えれば問題が起こる。そのような事態になるのであれば、ショッピングセンター増加は食品産業界の真の発展には結び付かない。

別の小売業経営者も、世の中の購買力はまだ低いと語る。生産者や小売業界にとって値上げがいかに困難かという事実がそれを証明している。ほんのわずかな値上げでも売上が低下するのだ。
その対策としてかれは新戦術を編み出した。かれは特定商品の価格を2年間据え置きにすることにした。そして生産者への発注のさいにかれは、原料のクオリティを下げるように提案した。従来と同じ原料を使っていれば、価格が上がらないはずはない。購買力がまだ弱い現状で値上げは不可能だから、品質を下げるしかないではないか。

インドネシアで今起こっているのは何だろう?庶民の購買力に依然として元気がない反面、モールがあちこちに建てられ、そしてショッピングをしに大勢が続々と外国へ出かけている。おまけに貧困が国の中のあらゆる間隙を埋め尽くしている。この国はもちろんユニークで、そしてパラドックスに満ちている。


ソース : 2003年7月8日付けコンパス
ライター: A Maryoto
2003/11/18(Tue)


[ 第185回 コンシューマリズム ]
1998年半ばに行ったビジネス界のひとびと数十人とのインタビューの中で、わたしは16年間広告業界で活躍しているひとりの会社社長に次ぎのような本題を離れた質問を発したことがある。
「ほとんどの場合、広告が消費パターンを決める刺激となるようにメッセージをイメージ化していますが、それはどのように行われるのか教えてもらえませんか?」
その社長はしばらく沈黙し、そして言った。「本当のところ、テクニカルな問題はデザイン屋にまかせることができるが、鍵は心理学にある。広告戦略のメインターゲットとなる人間の本能は三つあり、これは広く世間で実践されているものだ。ひとつは所有の欲望、ふたつ目は特典やステータスへの欲望、みっつ目はロマンチシズム〜性欲本能であり、それらに向けて魅力をかきたててやること・・・・。」
消費者の需要は自然発生的と信じているひとびとにとって、その答えは心穏やかでないものだろう。だがコンシューマリズムの諸問題を理解しようとレーダーを張り巡らせているひとにとっては、その広告業界者の答えは天からの啓示の一瞬であるにちがいない。

メガロマニア心理学
コンシューマリズムはコンサンプション(消費)と区別されなければならない。人間の歴史は多くの面で、消費(と生産)の歴史だったと言える。食事をするのに、素手の次ぎは葉っぱが使われ、そしてナイフ、フォーク、はしへと変化した。消費とは、あるひとつの社会=経済=文化という文脈における妥当な暮らしを目的に、物品やサービスを使うことに関連するものだ。それは適正な生存に関わっているものであり、コンシューマリズムはそれとは違っている。
大勢のひとびとにとって、コンシューマリズムとは名声を追い求めるようなものだ。そしてベーシックな経済学の書物を読んだことのあるひとにとっては、需要経済の好況さを指し示す支出の一種なのである。広告キャプテンにとってそれは、掘り尽くせない金鉱のようなものだ。そんなコンシューマリズムの実態は、どのように意味付ければよいのだろうか?
要約するとすれば、だいたいこんなものだろう。「コンシューマリズムとはでっち上げられた消費のことだ。」問題は、ある消費がそんなでっち上げ段階に達しているのかどうかをどうやって見分けることができるのか、なのである。例をあげれば、アメリカのテニススターであるセレナ・ウイリアムスは、服、バッグ、靴そして犬のためのアクセサリーをショッピングし続けていると告白している。「わたしは自分が必要としていないもののショッピングをし通しだし、おまけに自分では買ったものをめったに使わないの。」(2001年8月9日付けザ・ガーディアン)

コンシューマリズムとは、ショッピングのためのお金があるなしといった問題ではない。また消費者の本能をもてあそんで巨大な利益を掻き集めるといった問題でもない。ならばどうしてひとは、茫漠たる貧困の大海の中で不条理な価格のブランド品やサービスを買いあさるのだろうか?コンシューマリズムを理解する鍵は、「でっち上げ」消費が涅槃としてどのようにシステム化されるのかという心理学にある。
広告キャプテンたちは、コンシューマリズム対象物品やサービスがそれ自体の中に何の意味も持っていないことを知っている。それがわれわれにエクスクルシブ感覚やプライドを主張させてくれるがために、そしてまたプレステッジやステータスといったことを理由にして、ひとびとは不条理な価格に踊らされる。だがどれほど高価なステータスやプライドもすぐに過ぎ去ってしまうがために、それらすべてが実は涅槃でなかったのだ、という事実すら問題にされない。コンシューマリズムは天の上に天を追い求めることがらであるように見える。人は単に車に乗っているのでなく、ジャグアーに乗っているのであり、また単に服を着ていると感じるのでなく、アルマーニを着ていると意識するのだ。
そのような主張がもたらす強迫観念が、「でっち上げ」消費ビジネス継続の条件となる。それがなければ、ライフスタイルビジネスは滅びるだろう。だからもしわれわれが「でっち上げ」物品やサービスへの需要を抱いていないなら、ライフスタイルビジネスの広告キャプテンたちはそれを生み出すためにいかなる策をも弄するに違いない。端的に言えば、でっち上げでない消費はメガロマニア経済の大敵なのである。
たいていコンシューマリズムの領域はセラブリティ文化とのコンビネーションで決まる。インドネシアでいま引く手あまたの歌手は美容メーキャップのために月一億ルピアを使う。その女性歌手はきっと憧れの源泉となり、また見習うべき模範となる。しかし考えるチャンスを持つひとにとってそのニュースは、とあるコンシューマリストのナルシシズム物語りでしかない。

経済=政治
コンシューマリストはでっち上げ消費を実行することで自分自身に「おめでとう」を言っているナルシシストなのである。セラブリティのように自分の仮面を崇拝する姿がそれなのだ。
コンシューマリズムは社会心理プロセスに関わっているのみならず、経済=政治現象の形をも取る。コンシューマリズムがステータスやライフスタイルに関連するビジネス存続のための絶対条件となっているということは、多くのことがらにおいて当てはまる。付加価値という術語で覆い隠し、ソフィスティケーティッドにすることが好まれてはいるが、その根幹はセントラルなものだ。付加価値という術語が品質に関連せず、プライド感を主張する場で頻繁に用いられるために、経済哲学を学んだことのある人は笑ってしまうのだが、わたしが提起しようとしているのはそのことではない。
この国のコンシューマリズムは単に靴やバッグなどのでっち上げ消費に関わっているどころか、経済=政治問題に関連する腐蝕プロセスにもっと広く関与しているということをわたしは提起しているのだ。たとえばエコロジーを破滅させるスペース・コンシューマリズム、交通渋滞、さらに永遠の問題であるKKN、公共インフラの破壊・・・・。下の表をご覧あれ。

2003年度都知事、副都知事用支出予算 (ルピア)
保健医療費  都知事 1億   副都知事 1億
公用被服費  都知事 6千5百万  副都知事 5千万
飲料軽食費  都知事 2億8千8百万  副都知事 2億5千万
来客面会費  都知事 9千万   
公邸土地家屋営繕費  都知事 3千5百万  副都知事 3千万
公邸電気代  都知事 9千2百万
公用車営繕費  都知事 5千2百万  副都知事 5千2百万
通信器具営繕費  都知事 1億2千万
什器購入費  都知事 1億5千万
文化用品購入費  都知事 5千万
新聞雑誌定期購読費  都知事 9千万  副都知事 9千万
ケーブルTV定期視聴費  都知事 5千万  副都知事 5千万
国外公用出張費  都知事 3億5千万  副都知事 1億7千5百万
宿泊費    都知事 1千万
スケジュール日程編成費  都知事 9千万
スピーチ原稿編成費  都知事 8億8千8百万  副都知事 4億1千万
行政・社会費  都知事 33億  副都知事 28億
(副都知事のブランクはデータ未入手。)
データソースは2003年度首都予算案ブック1

大物スピーチ原稿起草者に毎月7千4百万ルピアというのは馬鹿げた予算だし、上の表の他の予算も同様だ。この予算は計画的コンシューマリズムと言って過言ではあるまい。
ジャカルタ首都特別州の2003年度予算案は、総計11.05兆ルピアが250億膨張した11.075兆予算として承認された。(2003年1月29日付けコンパス)
つまり都議会議員のために自動車55台を購入するのを目的とした転用予算だった。

国家経営におけるコンシューマリズムは、グローバル環境下での経済=政治病理学とパラレルであり、そして英知を失った市場システムの過激さに支えられている。たとえば1999年、アメリカ国民は化粧品に対して80億ドルを支出したが、その同じ年、これまできれいな飲料水へのアクセスを持つことのできなかった世界中のひとびとのためにもっともシンプルな施設を建設するに必要な90億ドルを、国連はどうしても手に入れることができなかった。インドネシアの肖像はどうなのだろう?1997年、コンシューマリズムが拡大する一方で14万7千人の幼児が栄養不良で死んでいる。1998年、栄養不良による幼児死亡者は18万人に跳ね上った。その年の30万5千人という幼児死亡者総数のそれは59%にあたる。
この不条理な現象をどう理解すればよいのだろうか?ここにこそわれわれは、コンシューマリズムと経済=政治の関係を見出すのである。この国における暮らしの浅薄化と腐蝕はミリタリズムや暴力といった野蛮な行為のゆえだけでなく、ライフスタイルのためにでっち上げられた消費の中での柔軟で軟弱なさまざまな行為を通しても起こっている。
われわれを打ちのめす経済=政治、文化、心理状況の息苦しさは、汚職の容貌とコンシューマリズムの腐蝕性を真剣に見つめることなしに、解決を見出すことはありえないだろう。KKN、正義、疎外、貧困などの諸問題はそこに根ざしているのだ。
歴史は急がない。しかしいくつかの歴史事件は、どうやらほかのものに比べて急いで起こる必要があるようだ。コンシューマリズムが持つ腐蝕性のベールをはぐ運動は緊急課題なのである。

緊急運動
その運動をはじめた人は誰でも、この国がどうして「閉塞共和国」と呼ばれるにふさわしいかという問題の隠された根を掘り起こすだろう。即効的解決を求めるシニカルな人々の目に映るそのような運動は多分、「ああ、あれは自分が重要だと感じたいミドルクラスの一部の連中の色気だよ。」に始まって「この国の閉塞状況はコンシューマリズム批判運動なんかで克服できるものじゃない。」という非難にいたるさまざまな嘲笑のひとつとなるにすぎないだろう。
そのような嘲笑は単にナイーブであるばかりか、問題解決を大統領府、国会、裁判所といった政治的フォーマリティに担わせようとしているだけのように見える、と敬意をこめて申し上げておこう。
実際にはそれらの機関をコンシューマリズム事業家がいかに容易に買収できるか、われわれは鮮明に記憶している。そしてまた予算がどこへ蒸発し、ビジネス汚職がどこへ流れ込んで行くのかもよく知っている。6軒目の邸宅、数台目の自動車、前歯にダイヤを埋め込むお洒落、シドニーでの週末ゴルフ、そしてでっち上げショッピング・・・・。

コンシューマリズムはもちろん単なるショッピングではない。だがショッピングは、「必要に応じた消費」がすぐに「でっち上げ消費」に変貌する入口なのだ。そしてよく知られているように、この現象のあらたな中心地は、スラム地区、環境保存地区、公共スペースなどを押しのけて建設されたスーパーモールやショッピングセンターなのだ。
すべてのモールがコンシューマリズム中心地になるわけでもないが、コンシューマリズムはスーパーモールの中にとても居つきやすいものだ。そのために、そんな中心地はコンシューマリズムの腐蝕的容貌を明らかにする運動にとっての最初のアリーナとなる。
フランスの哲学者、ルネ・デカルト(1596−1650)は自分の思索成果を有名なコギト・エルゴ・スムという原理に要約した。それをもじったエモ・エルゴ・スムという言葉でコンシューマリズムを動かす衝動の概略を理解できるのではあるまいか。

女性心理分析学者レイチェル・ボウルビーはきっと同性のありさまにうんざりしたにちがいない。「キャリイド・アウェイ:ショッピングの隠れた歴史」(2001年)の中でかの女は、「多くのことがらにおいて、ショッピング(とコンシューマリズム)の歴史は女性の歴史だった。」と自分の発見を記している。かの女の著作の中に見られる多くのことがらの妥当性は、男性(および男女間の関わり)がその現象と無関係でないことを示すものだ。ボウルビーは孤独ではない。フェミニズム論評に現れるさまざまな考察の根幹には、類似の診断が数多く見うけられる。
その発見が正しいものなら、コンシューマリズム現象を変革させることは、女性がその先駆けをつとめるとき、明確な潜在性を浮き上がらせてくる。その女性たちがフェミニズム信奉者かどうかということには関係がない。この要点はきわめてセントラリスティックであり、国家指導行為に直接関係している。
国家的指導性はさまざまな要素を必要とする。カリスマもそのひとつだ。われらが国母(訳注=メガワティ大統領を指している)は、自分で支えきれないように見える、父親の残したカリスマの遺産に恵まれていることをわれわれは熟知している。かの女はすべての問題、ましてやコンシューマリズムのようなシリアスな問題を処理することができない。だからこの運動の先駆けはほかの婦人方やさまざまな女性グループが取るのがよいだろう。

2003年は投資の年だ、と国母はお触れを出した。消費者意識運動のない投資の洪水は、金庫を担いだ大旦那たちによってわが国の生活を腐蝕プロセスに落とし込んで行くだけだということをかの女は忘れている。
この運動はコンシューマリズム文化の筆頭監視人と常々見られているミドルクラス以上の階層にとってのテストケースとなる。かれらができることはたくさんあり、新しい文化階層としてのシンボルがかれらを待ち受けている。ソリシトゥス・エルゴ・スム(われ社会的関心を抱く、ゆえにわれあり)なのだ。
もしかれらの運動が始まったら、われわれは国母とオフィサーたちにふたつのことを要請しよう。ひとつは、軍警そして取締り役人がいかなる方法にせよ、この高貴な草分け運動を妨害しないようにさせること。もうひとつは、もし国母がまだひとを動かせるだけのカリスマを持っているなら、この運動を支持しかつ参加するように全国民に誘いかけてもらうこと。
さらに、でっち上げでない花と消費が存在することを願って・・・・。


ソース : 2003年3月8日付けコンパス
ライター: B Herry-Priyono  研究家、ロンドンスクールオブエコノミクス卒業生
2003/11/15(Sat)


[ 第184回 女性がポピュラー文化を篭絡する ]
バユは民間企業のサラリーマン。かれはシネトロン(訳注=sinema elektronikの合成語で、テレビのような電子媒体用の映画を指す。主にはテレビ映画のこと。)ファンではなかったが、『わたしは帰りたい』というシネトロンをある日たまたま見て以来、いまや生活の中心がそのシネトロンに移ってしまった感がある。
本人や家族の活動スケジュールは、毎週土曜日放映のそのドラマの全エピソードを見逃さないように編成しなおされた。会社でどうしても終わらせなければならない仕事ができた場合でも、バユは妻からそのドラマの展開を必ず教えてもらう。そしてドラマの登場人物がどうふるまうのか、あるいはストーリーがどうなっていくはずか、といったことについて討論や議論に熱中するのもまれでない。

芸術家のルルの体験はまた違う。かれは芸術家だから、インスピレーションを求めてあちこちうろついたり、芸術家仲間たちとただ四方山話しに花を咲かせたりするために、ほとんど家にいたことがない。ある日、妻が寝込んだので、かれはしかたなく家にいた。そのせいで、妻がいつも見ているテレノベラ(訳注=telenovela スペイン語のtelevision novelaを合成した語、日本語ではテレビ小説か?)『ポーリーナの恋』を偶然見ることになった。それ以来かれは、そのラテンアメリカの連続ドラマから離れられなくなってしまった。夫がテレノベラを自分と一緒に見ることを妻が喜んでいるのか、それとも終日家にいてすべての家事を行っている妻のプライベートな楽しみを夫が邪魔しているのかは不明だが。明らかなのは、いまや放送が終わりに近づいたそのテレノベラに夢中になってしまったことを、ルルが恥ずかしげもなく認めていること。


ポピュラー文化と消費者の関係という面から上の二例が興味を呼ぶのはいったい何だろう?ポピュラー文化についての諸研究は、まだ消費より生産面に焦点をあてがちだ。マスメディアや広告といった操作的なストラテジーを使い、さまざまなステレオタイプを利用し、くみしやすいと見た特定セグメントを製品ターゲットにする、といったことを生産者はどのように行うのかという角度からポピュラー文化を語るのにみんな忙しい。

コンシューマリズムとマテリアリズムがどのように身をやつし、表面的には決してひとを傷つけないポピュラー文化を通してそれがどのように広められるのかを意識付けるために、ポピュラー文化がいかに見事に大衆に麻酔をかけるかを示して見せるのは有意義なことだ。ほかにもポピュラー文化と女性との関係というコンテキストにおいて、女性のステレオタイプがどのように築かれ、ポピュラー文化を通して強固なものにされ、そのためにより広いコンテキストにおいて父権主義的イデオロギーをサポートしているのだということを、生産面での研究も説明することができる。
それに関連する例を探すのは難しくない。前のラマダン月に放映されたシネトロン『わが祈り、わが願い』は、精一杯涙を流し、自分の運命を嘆いて苦難を耐え忍ぶことしかできない物語りのヒロインを演じたクリスダヤンティの涙を売り物にしているのが見え見えだったが、そのシネトロンはハッピーエンドで終わったにせよ、女性が弱き者として描かれていたのは案の定である。
『プラサスティの純潔』では、プラサスティ役を演じたアユ・アズハリも、周囲の人間や状況に押し流されて不公正と苦難を受動的に背負う。妻の責務は夫に仕えることだ、という母の忠告も紋切り型。他人の幸せのために自ら引き受ける苦難、そのけなげさの中に包まれた諦らめと無力感。それは女性を損なうイメージを構築しようとする支配的価値観が発する声の一部分だ。

マスメディアの広告も、女性のネガティブなステレオタイプを強固なものにするのに積極的な役割を果たす。マドゥラ調薬を飲まないために夫を家に居つかせない妻、肌の色がほかの女性ほど白くないので劣等感にさいなまれる女性。それどころか、先にエレベーターに乗っていた男のデオドラント噴霧が知らぬ間にかかったナイーブな男性を、エレベーターの中で手篭めにする女。それらの実例はいずれも、視聴者や消費者の脳裏に女性についてのネガティブなイメージや認知を植え付けることから、イデオロギー的に女性を損なうものだと言える。


白痴化
この生産パースペクティブからのポピュラー文化に対する研究が専門的になり、そして生産がすべてで、だから消費は生産プロセスをベースにしてその効果を結論付けうるものだという印象が生み出されるとき、問題が出現する。この思想こそが実に、ポピュラー文化とマスカルチャーとの間の同一視を推し進めるものだ。そして、ポピュラー文化の機能は社会に対して集合的に白痴化を行うための文化産業の試みである、という枠の中での視点がふつうになる。そこではポピュラー文化が、果てしなくそれが送り出してくるイメージの猛攻を受けて批判力が鈍り、そのようにして受身になるよう仕向けられた大衆を画一化するためのイデオロギーツールとされている。
高尚な文化とポピュラー文化を隔てる壁を崩すシステマチックな構想がまだ崩壊しないうちは、文化研究や討論の中にポピュラー文化が顔を見せることはめったにない。大衆に対して批判的距離を作り出そうとするモダニズムエリート的姿勢に向けられた非難のあとで、ポピュラー文化に対する好奇心と意欲がはじめて出現するのである。

残念なことに、発展著しいポピュラー文化研究への関心は、言うまでもなくその存在を否定できないネガティブな潜在性にあまりにも重点を置いている。ポピュラー文化に盛られた支配的なイデオロギーの色に対する解体ストラテジーというコンテキストにおいて、その初期ステップは効果的な叫びであるものの、ポピュラー文化研究はそこで止まってはならない。ましてや、イメージにしろ消費にしろ、女性問題との関連の中においては。
それはわれわれを、この文書の冒頭で提起したポピュラー文化、つまりシネトロンやテレノベラに対する消費者の反応について述べたふたつの実例に関わる疑問へと回帰させる。『わたしは帰りたい』を知って生活スケジュールに顕著な変化をきたしたバユや、『ポーリーナの恋』の大ファンのひとりとなったルルは特に、もっぱら女性の嗜好に関わる傾向を持つポピュラー文化産物の男性消費者なのだ。

生産アスペクトを焦点にすえたポピュラー文化研究は、さまざまなステレオタイプを通して女性のイメージがどのように作られるのかを示すのに成功した。しかしそうして生み出された女性のイメージは、結果としてポピュラー文化が差し出すものをすべて丸呑みする、くみしやすいターゲットというものなのである。大衆の白痴化と画一化のツールとしてポピュラー文化がこの特別な消費者セグメントの思考に毒を効果的に注ぐため、意味ある抵抗は存在しない。
もっとも強い抵抗は多くのフェミニスト思想家が、生産者の望む解釈方法に常に反対する解釈運動を通じて与えている。ポピュラー文化はそのように、容赦なく直面しなければならない相手となる。そんな抵抗が目的としているのは、ポピュラー文化が女性を客体化する動きの中でかぶっている仮面を完全にはぎ取ることだ。問題はそのような抵抗運動がエリート主義の中に囚われることである。なぜなら、フェミニズムやポピュラー文化研究の中でポピュラー文化の対象となっていると見られている女性自身が、客体化を経験することを止めようとしないからだ。
女性消費者の反応は、観察者と消費者が参加する形の研究において直接的接触から得られた発見でなく、操作的生産ストラテジーからの論理的帰結として想定されたものである。そこでは、女性消費者はポピュラー文化を破壊的に篭絡できる可能性ばかりか、そこから快楽や慰安をくみ上げながらもポピュラー文化に対して批判的創造的な姿勢でいられるという可能性すらとらえられていない。
さらに致命的なのは、「犠牲者」(女性消費者)に向けられたポピュラー文化の操作的パワーの過剰な集中が、挙句の果てに消費とコンシューマリズムの誘惑にさらされている生き物としての女性のステレオタイプをかえっていっそう強固なものにすることだ。ポピュラー文化の前で女は無力さをいっそう強調され、その前提がポピュラー文化生産者の思考基盤にされると同時に、その製品を通じてシステマチックな搾取が展開される。


活用
女性問題という範疇におけるポピュラー文化研究でなされるべきもっと重要なことは、それが構築しようとしている受動的な女のイメージを崩すためにこそポピュラー文化活用のさまざまな可能性をスタディすることなのである。ポピュラー文化イデオロギーの仮面をはいだあとで、ポピュラー文化に対してフェミニスト批評家が踏むべき次なる戦略ステップがそれなのだ。
その活用自体はポピュラー文化に対する反抗が百パーセント敵対的に行われないときにのみ可能である。というのは、どうであろうとも、ポピュラー文化はキャピタリズムから切り離せない要因なのだから。いま現在、資本主義が腐敗した非人間的なシステムであることに大勢が気付いていても、われわれの暮らしの中に居座り、血肉と化したシステムを崩壊させるための具体的な解決を提案できる批評や思想はいまだ存在しない。

ポピュラー文化に対する敵対的性質の抵抗は、ポピュラー文化が盛んに売っている偽りの意識を切り崩す批判的意識を生み出すことができる。しかしその意識化プロセスは理想レベルでのみ起こる可能性が高く、まったく不可能でないにせよ、生産と消費の中に適応してしまったわれわれみんなが認めると否とにかかわらず、日常生活における一貫的実現はほとんどない。せいぜい起こりうるのが批判的性質であるとはいえ、基本的にそれは反語的意識化だ。われわれの暮らしが資本主義から離れられないがゆえに、行動レベルで効果的にフォローされえないコンセプトレベルの思想解体が発生する。
これはポピュラー文化に対する女性の抵抗を妨げるだけの問題ではない。紋切り型、疎外、抑圧に頼る支配的議論に対する解体的諸批判も類似のジレンマを抱えている。往々にしてひとつのヘゲモニーあるいは優位を切り崩すための激しい努力の成果が、反対にそのヘゲモニーや優位の現状凍結を強固なものにしている。
女性を『男性的でないもの』と強迫的に意味付けようとする父権主義に対するフェミニストの批判は、対比基準に『男性的』を用いることでのみ行うことができる。その結果、フェミニストによる批判はとても長期にわたって、『男性的』の影から脱け出すのが困難だった。解体をベースにした最近の批判のほとんどすべては、そんなジレンマに直面している。

最近のポピュラー文化篭絡ストラテジーで、とりわけ女性批評家からのかなりシリアスな関心を浴びているのは、ネゴシエーションに重点をおくものだ。消費者は自分が生産との交渉力を持っていることを想定していることから、かなり中心的な役割を握っている。単にポピュラー文化の対象と位置付けられる以上に、女性消費者は支配的なイデオロギーが定める限界の中で活発にプレーしながら、自分自身の行動領域を創造しうる主体者として分析されている。
ポピュラー文化と女性の関係について調査された多くのケースでは、その限られた領域が創造的に、更にはむしろ破壊的に活用されている。主婦や女中たちがシネトロン『わが、祈り、わが願い』をどれほどやきもきしながら見ているか(ましてやラマダン月に)ということを耳にするのは決して奇妙なことではない。視聴者はアニサ役を演じるクリスダヤンティが常に無力で、自分の不幸な運命に涙することしかできないのを見て、切歯扼腕する。その主人公の苦難に同情し、また一方でアニサに代わって残忍なしゅうとめや気弱で愚かな夫に罵詈雑言を浴びせる。
少なくともそんな光景をわたしはいつも、女中のンポ・ニや何人かの隣人たちと一緒にテレビを見る年老いたわたしの母の姿に見ている。シネトロン主人公の身に起こる一連の問題は実に、女中を職業としている女性視聴者の多くに自分の頭を使って解決を求めるよう訓練する力があった。指示を受けることに慣らされ、めったに意見を述べたり、ましてやご主人のふるまいにコメントすることなどできなかったかの女たちが、批判的で、さらに主張までするように変わってきたのだ。シネトロンの中のできごととそれに向けられた相互作用が、自分も話し、考える主体者になれることをかの女たちに教えた。その変化が雇い主の機嫌を悪くしたり、不安を抱かせたりするのは別の問題である。

わたしの女ともだちのひとりが嘆くには、かの女のまだ年若い女中が夕方マグリブ前や7時のニュースのあとでテレビの前に座り込むことが多くなったせいで、まるで大人のようにシリアスなふるまいをはじめたそうだ。それだけではない。その女中はわたしの友人の夫である男主人にまで、朝の紅茶に入れる砂糖が多すぎると言われるのは口やかましすぎることだと考えて、くちごたえをした。その女中はシネトロンを見すぎて利口ぶるようになったのだろうとわたしの姉は推測しているが、シネトロンは女中にセミナーを行っているのである。


意義付ける
素朴でアカデミックでないその実例は、ともかくも教育を受けたミドルクラス女性に夫の会社からの帰りを待って家にいるよう強いるポピュラー文化が実は、十分な公的教育機会を与えられなかった下層階級出身女性の独学のために活用されうるものだということを示している。資本主義、コンシューマリズム、父権主義、あるいはその他のどんな名称のものであれ、それらを強固にするために作られたと考えられるシネトロンのようなポピュラー文化が、そのメインの意義に対してまったく異なり、また自己矛盾的に意義付けられるということは、個の形成における主観的領域創造の可能性がまだ存在することを示唆している。
ここにあげることのできる別の例は、大都市にその姿を林立させている、消費者がその利益を必ず損得に結び付けるわけでないショッピングモールの活用だ。そのようなモールはいつも来店客でこみあっているが、そこへ来る人がみんな買い物をしに来ているのではない。人がモールへ行くのに、買い物以外の理由はたくさんある。下層階級の主婦たちは、一銭も金を使うことなく目の保養をするだけのために、子供を抱いて店の前に長時間立っていたり、モール中を歩き回ったりする。
モールは夢を提供する。だが真のターゲットは、モール周辺の低所得者居住地区に住む金のない主婦たちのような夢見るだけの人たちではない。当初モールのメインターゲットは自分のキャリヤーに成功したり、金持ちの夫を持ったものの終日家に居るのに飽き飽きしている、分厚い財布を持つミドルクラスの女性たちだった。
買い物を目的としないで続々とモールにやってくる主婦たちは、厳しく辛い日常生活の実態からしばしでも逃避できる理想の機能をそこで手に入れる。かの女たちはつかの間の夢を見ながら、同時にそこで売られている品物を買えない自分の貧しさに気付かせられる。そうではあってもモールは依然として、貧しい暮らしという現実からでないにせよ、少なくとも愚痴をこぼしたり妻に当り散らすことしかできない失業中の夫からの、ほっとできる『隠れ家』なのだ。

ミドルクラス女性は多くのことがらにおいて消費の誘惑にさらされており、かの女たちこそがモールを通して振興されているコンシューマリズムのターゲットなのである。生産、広告、ショッピングモールは手を携えている。たとえば『クローズアップ』ブランド練り歯磨きをひとが買いに行くのは、きれいで輝く歯を持ちたいためだけでなく、自信を持てるようになり、ハンサムやきれいになりたいためでもある。このようにポピュラー文化はアーバンライフの影響である不確実感やアイデンティティ喪失に対する治癒効果を持つとも言われている。
しかしながらここでもわれわれは、ミドルクラス女性がモールへ行くのをショッピングだけに関連付けうると想定してはならない。かの女たちも、何も買わずに店から店へと出入りし、陳列されている商品に触れたり、見たり、試したりして慰安と娯楽を得ることができる。モールはまたかの女たちにとって、家での退屈さや夫が一日中いないことの淋しさを癒す場所としても機能する。

もしもでっちあげでない実質的な消費が普通になったとしても、必要でない品物にお金を浪費することは夫へのシンボリックな抗議として発生するかもしれない。「あのひとは家にいたことがないんだもの、あのひとのお金は全部使ってやるわ。お金を稼いでくるのはあのひとで、わたしは家でただボーっとしてるだけなんだから。」というのがそのおおよその論理だろう。そんなケースでは、消費は生産者とモールオーナーを利するものとなるが、その一方で結婚生活の不満に対するカタルシスとして女性を利するものでもある。
消費者の反応には、受動的なもの、創造的なもの、批判的だが受容性のあるもの、そしてまったくネガティブなものがある。操作性に満ちた最先端のストラテジーを通して受身にしようとする生産側からのシステマチックな力が働くとはいえ、消費者は明らかにまったく無力というわけではない。
この眼鏡を通して見たポピュラー文化は、種々の価値観、イデオロギー、利害、効用の出会いの場となる。支配的イデオロギーの価値観はその相互作用の中で中心的な役割を持つが、その重要な役割は適応を望むグループによって活用されうる行動領域が存在する限りにおいてのみ永続性を持ちうるものだ。このコンテキストにおけるポピュラー文化研究こそが、単なる大衆白痴化プロセスとしてばかりの研究よりももっと多くの次元を開放することができるのだ。


ソース : 2000年4月7日付けコンパス
ライター: Manneke Budiman  インドネシア大学文学部英文学科主任
2003/11/12(Wed)


[ 第183回 とある夕べ、モールっ子たちとともに ]
19歳のセルフィアは、ジャカルタのプラザスナヤン3階のベンチに座っている。ときおりハンドバッグを開いてはエリクソンT28S携帯電話を取り出して番号を押しているけれど、電話はつながらない。視線を左右に走らせ、そしてまたエスカレータを注視する。「あたし、友達を待ってるの。」かの女はそう言う。

プラザ、モール、ショッピングセンターはひとつの時代のモニュメントとなっている。つまり「消費」時代のモニュメントだ。どの時代にも独自のモニュメントが存在する。ポストモダニズム風に言うなら、個々の時代の「神殿」。それらの建築物はその時代の精神を満載したシンボルだ。鉄道駅、王宮、あるいはシンガポールのオーチャード通りのような左右に商店街を従えた大都市の歩道などは、人々の態度や行為に間接的なインパクトや影響を与える。現今のプラザやモールもその例にもれない。
メトロポリタン風消費精神がエチエンヌ・アイグナー、ジャンニ・ベルサーチェ、チェルッティ1881、オスカー・デラレンタ等々有名ブランドのショーケースの狭間にその姿をきらめかせている大都市の公共スペースの中で、プラザスナヤンは十分にひとつのケーススタディたりうるものだ。さっきの娘は恥ずかしげに「友達」と言ったデートの相手、つまり恋人をまだ待っている。「ここで会う約束をしたのよ。」と語るかの女は、つかの間のインタビューを拒まなかった。

ゲスの腕時計が、手入れの行き届いたきれいな肌の右腕にまきついている。かの女はとある有名秘書アカデミーの第三スメスターに通っている学生だ。この日のような週末の土曜日は、通称フィアと呼ばれているかの女はプラザやモールで時間を過ごす。映画を見、ショッピングし、カフェに座って時間を過ごすのだ。家へ帰るのは深夜を過ぎてから。
フィアは最低月一回、衣服、香水、化粧品を買う。その買い物のためだけに、かの女は月150万から200万ルピアの金を使う。5人兄妹の三番目であるかの女は、毎日の小遣いとして15万ルピアを財布に入れる。父親はクラパガディンエリアで財団法人を経営しているそうだ。「買い物が多くなると、仕方なく自分のお金を使うの。三つの銀行にあたしの預金があるのよ。」フィアはそう言う。


週末のプラザスナヤンは普通の日よりもにぎやか。来店客の大半は若者で、みんなきれいなかっこうをしている。
まだ十代の女の子5人が二階のスタジオ21から出てきた。普通科高校生のかの女たちは、映画を見たり、メジェン(訳注=意味は下の本文内に説明されています。)のためによくここへ来ると話す。グループの一人、リサが言うには、映画の切符やら飲み物そしてポップコーンを買うのは回り持ちだそうだ。自分の番が来ると最低でも30万ルピアは持ってこなければならない。
14歳のエンディはまた違う。プラザは、たいていまだ中学生である同年代の仲間たちとの接点になっている。「家にはまだ帰ってない。友達に誘われて学校からまっすぐここへ来た。たまたま今日誕生日の友達がいるから。」と話すエンディ。かれらはよくここへ来て時間をつぶすそうだ。主目的が時間つぶしで、買い物でないために、持って来るお金も少ない。「多くても3万ルピア。」とエンディは言う。


プラザスナヤンはエクスクルシブさという点でいまだに上位にあることから、ジャカルタ外の人々にとっては興味深いサンプルなのだ。見るかぎりでは、来店客もみんな上流層で、均質という印象。1990年代半ばにオープンしてまだ古くないと言えるプラザスナヤンは、中央ジャカルタや南ジャカルタに前からあったプラザインドネシア、ブロックMモール、ポンドックインダモールなどを補完するものだ。
「このプラザはブティックプラザです。ターゲット市場は中の上階層。イメージとしては25から35歳のヤングエグゼキュティブ。」スナヤンスクエア・リーシング部課長代理のジョアン・アンディオノはそう説明する。
一階のほとんどは国際的ブランドで占められている。二階三階の店舗は国内製品を売っている。店舗のテナント料は米ドル建て。一階店舗のテナント料金はひと月平米あたり80〜110ドル。かなり高いと言えるが、プラザスナヤンのテナント入居率は高く、250ある店舗区画は98%が埋まっている。
ジョアンによれば、スナヤンというロケーションがこのプラザのために選ばれたのは、特に南ジャカルタの消費者をターゲットにしたためとのこと。南ジャカルタには既に他のプラザがあるが、ターゲット階層が異なっており、スナヤンプラザは中の上階層に密着しているそうだ。


ブルジョアイメージは言うまでもなくモールが先天的に持っている性質だ。ライフスタイルに関する諸研究を読むと、19世紀ヨーロッパのブルジョア階層アーケードとマスプロ製品が販売される大型ショッピングセンターという少なくともふたつのルーツをモールは持っていることがわかる。そこはある種の消費の宮殿だ。
曲面を形成できる鉄素材の発見に伴う建築界の進歩がモールに更なる発展をもたらした。視覚的に壮大な効果を生む層状のアトリアが造られた。来店客(発展初期はたいてい富裕層の女性だった)はそこで豪奢な品物に囲まれ、貴族のような扱いを受けた。

モールやショッピングセンターはアーバン社会の形成と歩を一にし、そのあとで密かに、多分大勢の人には自覚されない、価値観の浸透が進行した。少なくともそれは「街へ行く」理由を人々に与え、続くフェーズではそれが主婦へとシフトしたにせよ、それはひとつの解放を意味していた。キャピタリズム拡張の予期せぬ産物だったその解放はまた同時に、お金を使うこと、お金を浪費すること、新しい品物への夢を満たすことなどに対する解放をも意味していたのである。その段階で需要は、でっちあげられるものとなった。
同時に豪奢なアトリアや与えられた自由で、モールもポストモダニズム構想者がよく言うように「ライフスタイルシアター」のひとつとなった。人は見るためにそして見られるために、装いいっぱいにそこへ集まる。若者言葉で言うところのメジェンがそれなのだ。

もちろんアーバン社会の公共スペースが生み出した行動現象は若者だけのものでない。モールへ行って見てみれば、主婦もオジサン、オバサンもみんな多かれ少なかれ類似のボジションにいる。
プラザスナヤンで買い物をしていたワティ夫人31歳は、一週間で150万ルピアを使うと語る。かの女は買い物に関する姿勢を「わたしの主義は品質と満足」と話す。かの女の趣味はアメリカ製とドイツ製の靴や服のコレクションだそうだ。
プラザスナヤンでのワティ夫人のスナップショットは、大都市における日々のライフストーリーのもっとも表層にあるひとつに過ぎない。著名な実業家の娘で姉妹のもうひとりとともに、親しい人々の間でファッションハウス「ルイ・ヴィトン」製品のファナティックなファンとして知られているかの女は、外国へ出るたびに必ずその製品を追い求めている。
自分で買ったものから忠実なお得意さんにもらったものまで、かの女たちが収集したそのブランド品がとても多いために、このファミリーの自宅の一室はまるでミュージアムのよう。それが「ルイ・ヴィトン」ミュージアムでなくてなんだろう。


ライフスタイルに関する研究で既に古典に属す思想は、商店やモールでのショッピングとは品物を手に入れてそれを所有するというだけでなく、「アイデンティティを買う」ことだというものだ。現代社会の標語で言えば「あなたはあなたが消費するもの」。そのようなショッピング行動において人は品物に対してのみならず、嗜好、イメージそして自分をどの種の社会階層にイメージ付けたいのかといったことを選択する。
ショッピング行動とは品物をパッパッパッと取り上げることに限定されず、その全プロセスからモールのベランダにあるカフェに立ち寄ってカプチーノを飲んだりすることまで含んでいる。
ほとんどすべてのモールがそんな贅沢さを備えている。ジャカルタから遠く、コーヒーを飲む快適でエアコンの効いた場所を探すだけでも困難な小都市のパースペクティブから見れば、ジャカルタでのそんなライフスタイルの進化レベルは相当に目を見張るものである。
プラザスナヤンでカフェはブランド店の間にある。一階にあるのはアメリカの有名なアイスクリームショップ「ハーゲンダッツ」。
「ブランドものブティック巡りをした後でカフェに入ってのんびり座るのは、ある種の威厳を感じさせるものだ。」とハーゲンダッツのマネージャー、アントニウス・ヤヌアルは言う。その店へ来るのは普通のヤングエグゼキュティブでなく、事業家やシニアマネージャーだそうだ。さまざまな味のアイスクリームを販売しているこの店で、一度に150万ルピア使った客があった、とかれは物語る。
ある小売店のエグゼキュティブをしているイルファン・クリスタントは、スーパーマーケットやモール客のクラス分けについて論評する。下層消費者は月収75万ルピア以下、中流は75万から300万ルピアとするなら、プラザスナヤンは月収3百万ルピア以上のマーケットセグメントを対象にしている、と。


そのようなビジネス計算の外で、再びライフスタイル研究の諸思想を引用するなら、モールというのは「民主化」プロセスにおけるものを含めて、実は社会の解体をある形で行うものなのである。
ある人のステータスや職業が何であろうと、あるいはまったく職に就いていない失業者であっても、モールの中では平等。つまり買い物、ウインドーショッピング、他の客を見るといった行動において。モールはしばしば、貧富老若に関してオープンで民主的なアリーナだと言われている。
そんな分類の外での差異はもはや顕著ではないように見える。たとえばモード。世界にはもうずっと昔から、男女のスタイルをはっきり区分しない男女共通型ファッションが出現しているではないか。

大勢の人にとっての公共スペースであるモールが影を落とすメトロポリタンライフを背景に、テレビの華やかなスクリーンにいつも登場するセラブリティは、有名でない人に比べてよりたくさんお金を使うかと言えばかならずしもそうでない。実は有名でない普通の人の方がたくさんお金を使っていたりする。
コレオグラファーで歌手のデニー・マリッは仲間へのロビイングの場としてモールを利用している、と語る。同じアーティスト仲間のイングリッ・ウィジャナルコと一緒のところをインタビューしたデニ−は、注文のほとんどはここでもらっている、と言う。
デニーはこのプラザで、せいぜい歩き回り、観察し、カセットを買う程度の時間しか費やさない。さまざまなものを買うために支出する金額はたいてい20〜30万ルピアだ。イングリッの話しも同様で、買い物の支出は一定じゃない、と言う。そのときかの女は20万ルピアで買った靴を持っていた。


きっとあなたもその名を知っている二人のセラブリティと、そこへふたりの中学生の友人とやってきた13歳のシャスキアを比べてみよう。ファーストフードレストランの前でマルーン色の携帯電話で話しているシャスキアは、会話にかかりきり。ふたりの友人はほほえみながらシャスキアを見守っている。
シャスキアは自分で一週間におよそ百万ルピアを使うと自認する。「最低週一回はここへ来る。映画見て、食べて、服や靴買って、時には友達におごってやって・・・・」と口調は軽い。
ある外資系会社のマネージャー、ラフマン45歳は妻と子供ふたりを連れている。こんな週末には家族で外食に出かけて、50万ルピアほど使う。突然何か買い物の必要が出れば、また違ってくる。妻が服や化粧品を買いたくなれば予算は2〜5百万ルピアになる。

都市公園は高層ビルの建設で押しやられ、消えていった。その代わりいつもにぎやかで空調のきいたモールがあちこちにできた。それらのモールはまた新たなソサエティを生み出した。シャスキア、ラフマン、セルフィアそしてそのほかもっと大勢の人々は、メトロポリタンライフのシンボルたるモールっ子たちなのだ。


ソース : 1999年12月26日付けコンパス
2003/11/09(Sun)


[ 第182回 自分が何を欲しているのかわかってる ]
ジャカルタのとある大型モールの土曜日の昼下がり。わたしが子供の手を引いて歩いていると、やはり子供の手を引いて歩いている高校時代の友人に出会った。ナイトクリームで手入れしていないために「残念」な目の周りのしわを除いて十数年前とほとんど変わっていない姿のわたしを見て、かの女は驚いた。
わたしが「今どうしてるの?」と尋ねようとする前に、ノニ(という名で呼んでおこう)は感心したのか、かわいそうと思ったのか、すぐにチッチッと舌打ちし、おしろいや口紅もつけずに日焼けするがままに放ってあるわたしの顔についてコメントした。
「あんたってどういう人なの?あんたのご主人がもっときれいな子を買い食いしようとしても文句は言えないわよ。化粧は女の務めなのよ!」

そんなコメントが初めてのものでなかったにせよ、恥ずかしさは避け得なかった。色白でほっそりし、ボンディングでまっすぐにした完璧な髪、ぴっちりしたタンクトップシャツに最新型バレリナ靴をはいたノニと並んで歩きながら、わたしは本当に劣等感を感じていた。店内の片隅に見つけた、「ディスカウント70%」と書かれたTシャツを買うのをわたしはすぐにあきらめた。そのかわりにわたしは、三十代以上の女性にとって不可欠なことがらに関するインスタント講座を受けながら、ノニについて化粧品や健康・栄養補給薬品コーナーを回った。
それらの「不可欠」な商品を買うのに十分なお金を持っておらず、またクレジットカードも持っていなかったのはわたしにとってラッキーだった。読むことをおぼえはじめたわたしの子供がお話の本を買う約束を果たすようねだったので、わたしたちは書店の前で別れた。
家へ帰ってからわたしは鏡の前に長い時間立っていた。

犠牲者?
家庭内暴力の犠牲者、構造的国家暴力の犠牲者、あるいはファッションの犠牲者にいたるまで、女性が犠牲者であるという表明はもう聞き飽きた決り文句の繰り返しという印象だ。だがわたしの友人や街で見かける女性たちを見ていると、いやそれどころか鏡の前に立ちつくして目の周りのしわを見ながらナイトクリームをほんとに買おうかしらと考え込んだわたし自身を見ても、その決り文句には真実があるように思える。
美とは何だろう?ミクロネシアや太平洋の島々の女性にとって、美とは大きい乳房の豊満な肉体を指している。だからかの女たちの伝統的衣装は派手な色使いと大きな柄模様で肉体をいっそう大きく見せるようにしているのだ。ところがここ十年間、そのイメージはうつろいはじめている。スーパーモデルやハリウッド映画スターのようなスリムな身体が美しいとされるようになった。ノニやほかのインドネシア女性たちにとって、アジア、ヨーロッパ、アメリカの大多数の女性と同様、トレンド(市場)が変化させた美のカテゴリーは同一のものだ。

やせるための薬、顔の肌を白くするための要素を加えたモイスチャライザー、美容院でのボンディングヘアサービスなどが大いに売れているのは、女性がスリムな身体、白い肌、まっすぐな髪を持つことで美しく見られたいと願うことの論理的帰結であるように思える。
しかし実際には、その反対のことが起こっているのではあるまいか?薬、クリーム、美容院が売れるようにということを目的に、新しい美の定義が作り出されたのではないのだろうか?もしそれが本当なら、その新たな定義に合わせて美しくなりたいと願うわたしたちは犠牲者、つまり単なる大衆消費者あるいは化粧品業界が狙うターゲット市場にされているだけではないのだろうか?
わたしを落ち着かせないもうひとつのことがらは、「化粧は務め」だという表明だ。それはわたしに3Mを思い出させる。フェミニストの友人たちに怒りの電流を放つ3Mとは、manak(子供を産む)、macak(化粧する)、masak(台所のやりくりをする)。出産し、子供を育てるのは職業ではないというのに「女(妻)の生産性の場はどこなのか?」ですって?
子供を育てるのにわたしたちは、いつも余分な出費を必要とする。小学校への入学金が数百万ルピアもし、制服から靴下にいたる言いなり価格で学校が買わせるものも別にある。プレイステーションやタミヤ、あるいは連続テレビ映画で「合法化」された義務玩具の新型こまなど子供のおねだりもまた別にある。そのほかにも、マクドナルドのバーガーがバソ・パッ・クミスの権威を失墜させてしまったために、上昇一途のお小遣い。
美しくよそおうことも、わたしの高校時代の友人が強調したように、ますます義務として「合法化」されている。加えて台所での家政だ。低脂肪の食用油で料理しないあなたは非常識な主婦なのである。ハイコレステロールのインスタント食品産業が溢れる中、主婦は価格の一段高い食材で健康な食事を提供するよう求められている。

女は何千年もの間、非パブリック領域にいることに慣らされてきた。オイコスというギリシャ語に由来するエコノミーは、プラトーによれば、国民(男性)がパブリックの場で政治を行う前に完璧に遂行されていなければならない女(妻)の責任だったそうだ。今日でも買い物や消費が女性に強く関連付けられているのは不思議なことではない。女性心理分析家レイチェル・ボウルビーは、「…ショッピングの歴史は女性の歴史だった。」と述べている。
だが「女性の歴史が単に買い物の歴史でしかない。」というのは本当だろうか?女性は犠牲者でしかないというのは本当なのだろうか?

変化エージェント
女性は犠牲者だという決まり文句に抵抗を感じるなら、その実態をくつがえすのはいまだ。衣、食、住、化粧品、自動車、娯楽などの過剰な消費は、家庭、地域、国のレベルで赤字を生んでいる。
もしわたしたちが健全な知恵を持っているなら、特定の食用油を買うのみならず、何が本質であり、何が飾りなのかを見分けることができる。
ビジネスや宣伝の場で女性は犠牲にされている。だから女性がそれをいま変えなければならない。消費指向のライフスタイルを弱めて行く運動は女性がはじめるべきだ。だって諸費指向の強い商品は女性をメインの目標マーケットにしているのだから。女性が「ノー」と言うのをはじめるべきなのだ。

その方法は?ショッピングを批判的に行うこと。わたしたちがまさか、市場の嗜好に操られているなんて。もし神がわたしに縮れた髪を与えたのであれば、いったいどうして何百万ルピアも払ってその見かけを変えるために美容院へ行かなければならないのでしょう?
ユニークさや個性化は、このグローバル・カンポン(村)で権威ある重要なこと。だからどうしてひとりひとりが自分のユニークさを創出しようとしないのだろう?自然にほころびた高校時代からの古いジーパンを履くのは、工場で人為的に破れ目をつけた新しいジーパン以上に、わたしには権威のあることだ。
30億ルピアのフェンスで阻まれたためにますます稀少になったクトゥパッ・サユルをモナスで買うのが、どうして新たな権威にならないのだろう?同僚がBMWに乗っているのを横目に自転車で出勤することが、誰にできないことがあるだろう。それはユニークであり、新しい権威なのだ。

とても質素で増加する一方の虐げられた貧困層や学校ドロップアウト児童のために、(夫の)収入の一部を苦労して分けてあげるマザー・テレサにわたしたちがなる必要はない。わたしたちはモダンで美しく、権威を持ち、ユニークなライフスタイルを持ち、個性化された自分であろうではないか。市場の嗜好に蹂躙されることを嫌い、需要に則して買い物をする自分であろうではないか。そして顔をあげて言おう。「わたしは自分がなにを欲しているのかわかっている。(水はソーダじゃない)」と。


ソース : 2003年3月8日付けコンパス
ライター: Adeline MT Driyarkara哲学院学生、元ジャーナリスト、一児の母
2003/11/06(Thr)


[ 第181回 へたりこむまでお買い物 ]
Shop Till You Dropというこのタイトルは、インドネシアで営業しているある外国系銀行がその顧客に対して行ったキャンペーンのタイトルから拝借したものだ。その銀行は数日間のシンガポール旅行という景品を用意した。優勝者のための航空券と出国フィスカル、宿泊と食事、おまけに現地での買い物にお使いくださいとばかり現金のお小遣いまでも。それでこそ、「へたりこむまでお買い物を!」だ。
その銀行は単にインドネシア社会に見られるライフスタイルに応じただけ。このキャンペーンの企画者は、わが国のミドルクラスにとってショッピングが最優先されるべき消費行動であることを熟知していたようだ。たとえをあげるなら、1千万ルピアの賞金は、たとえそれに使えるのが同じ1千万ルピアだったとしてもショッピングのチャンスを与えられることに比べれば、その価値は劣る。

数年前わたしはインドネシアの新聞記者団とともにシンガポールを訪問した。バスの中でガイドにわたしは質問した。訪問するべき書店はどこにあるのか、と。シンガポーリアンのガイドは喜んで教えてくれたが、訪問団の一部メンバーの反応は後進性を暴露するものだった。「シンガポールに来てまで本屋だって?」中のひとりは見下した調子で叫んだ。「電気製品を探すんだよ・・・・・!」

「質素倹約の暮らし」という言葉は日々の交際の中で耳にすることがいっそう稀になっている。だから先週、メガワティ大統領が「質素な暮らしが肝要だ」と述べたが、その表明は重要な意味を持ちうるものだ。ただし大勢の人が楽観的になれないのを責めることもできない。かつてスハルトが「ベルトを締めて行こう」との警句を吐いたことはご存知だろうが、スハルト一族が節倹の実質的なアンチテーゼとなったことは歴史が証明している。
メガワティ個人の暮らしはまだあまり公表されていない。超高価なフォルクスワーゲン・ビートルを所有していることはつとに知られているし、またかつては隣国へショッピングに出かけるのが大好きだったということも有名だ。いまやご本人が望むなら、新たな指導者のイメージを築き上げることもできる。そして国のトップレベルにいるかの女にはまた、質素な生活をすることもできる。それをかの女が実践するなら、それを手本として大勢の人が追従することも確かだ。こうしてメガワティは後世に芳名を残す大統領となる。

贅沢で浪費的なライフスタイルは、わが国の数多い災厄の根源のひとつに数えられる。贅沢指向は金の使い道を生産活動から消費活動へと向かわせる。甘えに満ち、ハードワークを嫌い、快楽主義者となるのを好むのがわが民族だ。外国産高級ブランド品を買うときは、それに輪がかかる。ますます増加する一方の借金を含めて、限りあるわれわれの財産は外国の金庫へと奔流のように流れ去る。
贅沢さは格差を生み出す。エリート層があらゆる面で贅沢なライフスタイルを実践するとき、かれらは富の再配分のために動こうとはしなくなる。富裕層は第三の需要をまかなうために一層巨額の金を必要とする。だからかれらはより高額の給与を要求し、下層階級がぎりぎりの所得で露命をつないでいることに目を向けようとしない。もっとひどいことに、自分の浪費的生活費を補うために富裕層はその地位を利用し、国の富の流れが常に自分の手に戻ってくるよう影響力を行使する。
贅沢は持たざる者の心を妬ませる。貧困はそれ自体、実はそれほど悲惨なことではない。心がもっとも痛むのは、貧しいあなたの眼前で贅沢が見せつけられるときだ。富裕層の贅沢三昧は妬みと憎しみの感情を育む。それが引き起こすであろう結果をおもんばかって、イスラムが浪費的ライフスタイルを認めないのはとてもよく理解できる。

質素はインドネシアを救う鍵のひとつだ。願わくばメガワティは、その表明に対して誠実でありますように。


ソース : 2001年12月29日付けレプブリカ
ライター: Ade Armando
2003/11/03(Mon)

My Diary Version 1.21
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