東京ゴミ戦争から学ぶこと

投稿者: シバタ (2001 年 12 月 08 日 13:36:14)
回答先: Jakarta - Bekasi ゴミ戦争 / 投稿者: シバタ (2001 年 12 月 08 日 13:33:24)

東京ゴミ戦争[あの言葉 戦後50年]昭和40年代
95/07/09 読売新聞東京朝刊 解説面 02段

5月22日は「何の日?」(ZDNet > 今日は何の日?)
江東区議会が区内への杉並区からのゴミ搬送を実力阻止した日(1973)

当時の東京の生ゴミ焼却比率は34.4%(現在は100%)で、残りはすべて生のまま、現在都営ゴルフ場になっている15号埋立地(若洲)に集中的に投棄されており、1日5000台もの清掃車が江東区内を通過していたようです。

実は、私、ジャカルタに赴任する前は江東区民でして、この辺りには土地鑑があります。

埋立と東京
(社)東京都港湾振興協会(東京みなと館)Official Site

↑の地図で分かるように、徳川家康が駿河台の土で今の銀座辺りを埋め立てたのを手始めに、越中島(江東区)、月島・佃島(中央区)と埋め立て地は広がっていきました。(私の住んでいた越中島もおそらく江戸時代のゴミ捨て場だったんでしょう。)

ゴミ処分場の変遷(東京都環境局ホームページ)

ゴミ処分場の位置(東京都環境局ホームページ)

戦後になると↑の表及び地図にあるように、ゴミ捨て場が東京湾を覆い尽くしていきます。まとめると↓のようになります。

A.8号埋立地(潮見)(1927〜1962)371万トン 364,000u
B.14号埋立地(夢の島)(1957〜1967)1,034万トン 450,000u
C.15号埋立地(若洲)(1965〜1973)1,844万トン 712,000u
D.中央防波堤内側埋立地(有明沖1)(1973〜1987)1,844万トン 712,000u
E.中央防波堤外側埋立処分場(有明沖2)(1977〜2002)4,682万トン 1,990,000u
F.羽田沖埋立地(1976〜1991)168万トン 124,000u
G.新海面処分場(有明沖3)(2000〜)?万トン 3,190,000u

現在の具体的な東京のゴミ処分方法は、↓によくまとまっています。

東京湾から考えるゴミ問題〜埋立処分場個人見学会(東京都環境局ホームページ)

分別回収して、焼却などの一時処理をしたのち(焼却すると約20分の1の容積に減量)、3mごとに50cmの覆土を繰り返しながら埋め立てていくようです。

そして、東京ゴミ戦争の反省を受けて、自区内処理の原則が打ち出され、平成10年12月24日、清掃事業が都→23区(特別区)に移管されることが決定されました。具体的な合意事項は次のとおりです。
(1)収集・運搬については、平成12年4月から、各特別区が実施する。
(2)可燃ごみの中間処理は、一定期間、特別区の共同処理とする。
(3)不燃ごみ・粗大ごみ、し尿の中間処理は、特別区の共同処理とする。

そのための組織として東京二十三区清掃一部事務組合が発足しました。将来の1区内1焼却炉の理想に向けて、現状ではここまで↓来ているようです。

清掃工場等施設一覧

練馬清掃工場(練馬区谷原6−10−11)
世田谷清掃工場(世田谷区大蔵1−1−1)
大井清掃工場(品川区八潮1−4−1)
新江東清掃工場(江東区夢の島3番地)
葛飾清掃工場(葛飾区水元1−20−1)
杉並清掃工場(杉並区高井戸東3−7−6)
光が丘清掃工場(練馬区光が丘5−3−1)
大田第一清掃工場(大田区京浜島3−6−1)
大田第二清掃工場(大田区京浜島3−6−1)
目黒清掃工場(目黒区三田2−19−43)
有明清掃工場(江東区有明2−3−10)
千歳清掃工場(世田谷区八幡山2−7−1)
江戸川清掃工場(江戸川区江戸川2−10)
墨田清掃工場(墨田区東墨田1−10−23)
北清掃工場(北区志茂1−2−36)
港清掃工場(港区港南5−7−1)
豊島清掃工場(豊島区上池袋2−5−1)
中央清掃工場(中央区晴海5−2−1)
渋谷清掃工場(渋谷区東1−35−1)
板橋清掃工場(板橋区高島平9−48−1)
多摩川清掃工場(大田区下丸子2−33−1)
足立清掃工場(足立区西保木間4−7−1)

その他の施設

大井清掃作業所(し尿関係)(品川区1−4−11)
京浜島不燃ごみ処理センター(大田区京浜島3−7−1)
中防不燃ごみ処理センター(江東区青海二丁目先)
粗大ごみ破砕処理施設(江東区青海二丁目先)

22清掃工場(家庭生ゴミ焼却)+4その他工場(不燃ゴミ・粗大ゴミ等処理)=26工場

4工場;江東区、大田区
2工場;品川区、世田谷区、練馬区
1工場;中央区、港区、墨田区、目黒区、渋谷区、杉並区、豊島区、板橋区、北区、足立区、葛飾区、江戸川区
0工場;千代田区、新宿区、文京区、台東区、中野区、荒川区


これを眺めると、30年経って日本の民主主義・地方分権もだいぶ成熟してきたように思います。

なお、東京のゴミ問題の歴史的経緯について、東京学芸大学付属高校の生徒さんがまとめたレポートがありますので、関心のある方はご覧ください。

ゴミ問題の真実〜驚愕の新事実ついに発覚!(東京学芸大学付属高校46期1年A組Fグループ)


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