「サッチャリズム」の原点である巨人ハイエク

投稿者: シバタ (2002 年 03 月 11 日 19:19:17)
回答先: 今の日本にこそ必要なのが「サッチャリズム」 / 投稿者: シバタ (2002 年 03 月 11 日 19:16:30)

渡部昇一氏は、「サッチャリズムとは、ハイエク(1899-1992、1974年ノーベル経済学賞受賞)の学説を政治的な立場に対して適用したものである」と喝破しています。氏とハイエクとの最初の出会いは、東京オリンピック(1964(昭和39)年)の直前にハイエクが日本を講演旅行したときに、プライベートな日程も含めて、通訳(ドイツ語・英語)を務めたことに遡るそうです。渡部氏が「根っからの自由主義者」と絶賛するのに触発されて、10年ほど前に有名な「隷従への道」(The Road to Serfdom, 1944)の和訳を図書館で借りて読んだことがあります。かなりの大著ですが、当時なるほどと思った箇所を抜き書きしたメモが残っていましたので、ご紹介します。

「隷従への道」フリードリッヒ・A・フォン・ハイエク(春秋社)から

「個々の分散された経済計画を相互に調整し、統合するのが、競争市場下での価格メカニズムである」
「個々の家庭の経済計画をすべて政府が把握して管理するのは不可能である」
「価格の持つ情報力は、市場で価格が誰にも支配されず、かつすべての者を支配している時に機能を発揮する」
「消費者の選択の自由を制限すると、一時的に物資は豊富になるが、新製品が生まれにくくなる。どの新製品が将来発展するか誰も予測できない。市場に任せるしかない」
「計画経済下で豪華な設備を作っても、多くの場合、資源の誤用になる」
「生産設備を国有化し、資本市場での取引きを禁止すると、その設備が効率的に使用されているのか全く判断できなくなる」
「社会全体の目標を決めることができるということは、個々の国民全員の価値尺度の順位付けができるということである。個々の国民それぞれの心の内部に葛藤がある。最終的に価値判断するのは個々の国民であって、政府ではない」
「議会は利害の対立する特定の経済計画を多数の賛成で決めるのに適さない」
「経済計画を民主的に決めるのは、陸戦計画を民主的に決めるよりも難しい」
「議会が経済計画の策定を行政府に委任する範囲は不可避的に拡大し、経済活動が法の支配から脱却していく」
「法の支配下で行われる自由な経済活動においては、個人は経済活動の結果が予知可能である。政府の支配下で行われる計画経済においては、経済計画上の要請で、個人の努力の結果を事後的に無効にされる可能性がある」
「国家の経済が計画化されればされるほど、個人の経済活動の計画化は困難になる」
「配給制では選択の自由が制限される。貨幣を所有することにより、その人にとって不必要な物から切っていく自由が生じる」
「私有財産制は、資産家同士を競争させることによって、財産のない消費者にも利益を与える」
「自由な労働市場がないと職業選択の自由がない。自由に職業が選択できて、はじめて能力に応じた職業選択の最適化が図られる」
「計画経済下では適正な労働報酬を算定するのが困難である。完全な平等は実現できるが、公正な平等は実現できない」
「自由主義経済下での不運な失業は許容できても、社会主義経済下での計画者が決定した失業は受容できない」
「労働報酬が、その職業の社会的価値を表す。所得保障は、自主的配転を阻害し、命令配転が必要になる」
「計画経済における個人の失敗(ノルマ未達成等)は、自由経済のように個人財産の減少という形で償うことができず、犯罪として罰せられることになる。自分が損すれば済むというわけにはいかない」
「ある部門の所得保障は、他の部門の所得を減少させる。また、より安い報酬で参入したい者を阻害する」
「社会全体の目的を追求すると、個人は無視される」
「社会全体の目的を決める人(独裁者)以外は、個人的な道徳的信念を持てなくなる」


ハイエクは、ロシア革命(1917年)からまだ日の浅い1930年代から1940年代に、社会主義はナチズムと同根であるとして、社会主義批判を展開していました。

彼は、「ワイマール共和国時代の社会主義政策の反動がヒットラーを生んだという通説は全くの誤りで、むしろ、社会主義政策の理想を追求する人々がヒットラーの登場を待望したのだ」としました。ナチスの登場を阻止できなかったのは、「左翼がしっかりしていなかったのではなく、ブルジョアがしっかりしていなかったからだ」と指摘しました。

同じことは他の欧米諸国にも言えるというのが、当時のハイエクの主張でした。特にロンドン大学教授在任当時の同僚であった、英国労働党の理論的指導者ハロルド・ラスキ教授の次の言葉は、ハイエクの危機感を高めさせました。

「現在の英国議会は、社会主義政策を進めるのに適していない。議会は労働党政府にその権限を包括的に委任する法律を立法化すべきである。社会主義化の過程が次の総選挙で覆されるのを座視すべきではない」

これは、ドイツ議会がヒットラーに全権を委任し、ナチス一党独裁政治を認めた「授権立法」と同じ考え方でした。

このような状況下で、自由主義経済の優位性を説き、社会主義化への警鐘を鳴らす目的で出版されたのが、この「隷従への道」でした。1944年のことでした。戦後、社会主義が世界を二分する大きな勢力になる以前に、このような考えをまとめていたことは、大変な驚きです。

ハイエクは大変長生きし、晩年の弟子サッチャー女史が、それまでの英国労働党の政策を道徳的に完全に破産させるのを見届けるとともに、あのソ連が解体されるのをもしっかり見届けた上で、1992年4月、92歳の生涯を終えました。20世紀の巨人でした。


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